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料理本のソムリエ

ビンテージ物(古本)からカリテプリ(お勧め良書)まで
給料のほとんどを新旧料理本に捧げる書籍編集者 T氏が、
ワインよろしくその来歴や特徴を、余計な薀蓄てんこ盛りで解説します。


【 vol.1 】
日本の料理本の数の多さは世界一!

ryoribunkenkaidai.jpg 柴田書店の本で、古書業界でもっとも評価が高いのは、川上行藏先生編集による『料理文献解題』でしょう。これは室町時代や江戸時代に書かれた料理本について、どんな内容でどこの図書館が所蔵しているのか、表紙の写真入りで解説する本です。

つまりブックガイドでして、古書店にとっては仕入れや値付けの参考書として使えるありがたい存在なわけです。なにしろ今のようにインターネットで古文献の情報が簡単に検索できるようになる以前は、定価以上で販売されていましたから。

ryoribunkenkaidai_1.jpg 仕入れの参考書と聞いて、驚かれる方がおいでかもしれません。「この本で取り上げられている江戸時代の料理本が、いまだに古書店で売られているの?」と問われれば、答えはイエスです。
当時ベストセラーだった料理書は、出版点数の多さが物を言いまして、200年、300年経った平成の世まで失われず、無事伝わっているのです。


ryoritsudaizen.jpg かくいうわが柴田書店ももう何十年も前の話ですが、資料用に江戸時代の料理書を大量購入しています。ところがその直後、江戸時代の料理本の有名どころ50種類が『江戸時代料理本集成』のタイトルで臨川書店から復刻されてしまったので、希少価値はずいぶん薄れてしまいましたが。

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 臨川書店の復刻はオリジナルの本(原書といいます)とまったく同じサイズにし、糸で束ねる和とじの技法で製本するというかなりの凝りようでして、ただ写真製版したような味気ないものとはわけが違います。横長の本もあれば、小さい本もある、原書に忠実な復刻本で、これを手にしてもちょっとした江戸気分が味わえます。

 なお復刻というのは正しくは「覆刻」と書きまして、「かぶせてきざむ」というのが本来の意味。江戸時代の本は版画のように文字を板に彫って刷られました。そこで元の本をばらして各ページを裏返し、板(版木といいます)にかぶせるように貼り付けて、裏写りした字に沿って彫ればあら不思議、新しい版木が作れます。コピー機のない江戸時代に本を複製するには、ひたすら手で写すしかありませんでしたが、大量に複製するには、この覆刻という技術が使われたのです。

 江戸時代には中国で書かれた古い薬の本を、人命を救うために覆刻して普及させた、という美談もあります。オリジナルの本を彫るのに使えば、貴重な一冊が失われてしまうわけですから。この本は本家中国でもとっくに失われた稀少本であったため、覆刻本が里帰りして驚かせています。

ryoritsudaizen_4.jpg ちなみに版木は摩滅するまで何度も使えるため、版元が資金繰りのために同業者に売り渡すこともしばしばでした。料理書の中には明治時代に入ってからも引き続き刷られたケースすらあります。絵も内容も昔のままですが、版元の住所が江戸ではなく、東京になっているのでそれとわかります。また内容は昔のままなのに、人物がちょんまげ姿は変だろうと、絵の部分だけ新しく彫り直している例もあります。

 それだけ多くの料理書が出版されたのは、読者ニーズがあったからにほかなりません。日本人ほど料理書に親しんできた民族は、世界でもまれでしょう。フランスやイギリスでは近世に入ると各種料理書が出版されましたが、部数においては日本ほどではないように思います。中国においては、量はおろか種類も実に少なく、1910年に中華民国が成立する以前の料理本は20か30種類程度でしょう。これには農業書や養生の秘訣の本も含めての話で、料理のレシピだけを扱った純粋な料理書と言える本はもっと少ないのです。おかげで中国料理の歴史は、その実像をたどるのは非常に困難です。

 日本の場合は反対に、文献がありすぎて研究がなかなか進みません。なにしろ版木で刷って販売された正式な刊行物も多いうえに、料理人たちが書き留めた手書きの料理本がたくさんあるからです。『料理文献解題』に収録された料理本は明治以降のものも数点含みますが、厳選して全200種類。このほかにも料理本は次々発見されていますし、ただの献立やちょっとした覚書のようなもの、料理の作り方にも触れている実用書まで対象を広げれば、それこそ無数にあります。

 それでも、江戸時代の料理本を現代語に訳して解説をつけたり、当時の料理を復元するなど、研究は続けられています。『江戸時代料理本集成』も、崩し字のままでは読めない読者のために、洋装の活字本に仕立て直して索引をつけた「翻刻版」が出ています。
 池波正太郎の小説中に、あたかも見てきたようなリアルさで料理シーンが描写されているのも、こうした豊富な蓄積があってこそなのです。


       


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2010年05月06日 10:25に投稿されたエントリーのページです。

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