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2011年08月31日

料理本のソムリエ [ vol.27 ]

【 vol.27】
門前の小僧習わぬ粥を語る

 うーん、最近のNHKの「ためしてガッテン」はどうしちゃったんですかねえ。前に魚のおろし方について独自解釈を展開されたと思ったら、今度は7月20日の放送で白粥の炊き方を取り上げて、堂々のレシピ本批判。またもや「今やお粥だけのレシピ本も登場!」なんて言いつつ、スタジオに各社の書籍をずらりと並べた挙句、「どうしてこういうレシピができてしまったのかねえ」なんてことを上から目線でのたまっておりました。

05908.jpg今回はそこに柴田書店の『おかゆ』も入っていたのをこちとら見逃しませんでしたよ。なんだお前、また突っ込んでほしいのか? 誘い受けか?

 ADを呼び出して土下座させるなんて恐喝まがいなことはいたしませんが、何を変だと思ったのか、どこが浅いのかはきちんと明らかにしておきましょう。ハイ、ここでテーマです。「かゆいところに手が届く、かゆの炊き方大解剖」。

 この番組では京都の瓢亭さんの朝粥(公共放送ですから店名は明らかにしませんでしたが、誰が見たってわかります)を「究極のお粥」として取り上げておりました。瓢亭さんのお粥は沸騰した湯にといでおいた米を入れて、時折かき混ぜながら炊きまして、うどんをゆでるときのように途中で差し水をします。土鍋ではなく鉄鍋を使い、終始蓋はいたしません。確かに土鍋でお粥を炊く際に普通いわれているような、水から吹きこぼさないようにことこと炊いて、米の粒が崩れるのでけっしてかき混ぜない、という方法とはまったく違いますよね。少々時間が経っても糊のようにならず、おいしく食べられるのが特長だそうです。

 だからといって、ちまたの料理本のお粥の炊き方はことごとくまちがいであーる、みたいな演出はいかがなものか。 NHKの「きょうの料理」を俎上に挙げて比較検討するっていうならまだ話はわかりますが。そもそも民放のバラエティ番組ならいざ知らず、「門外不出」「秘義・奥義」を一挙公開って……。北斗神拳かいな。

05917.jpg この炊き方は「湯炊き」といいます。NHKでは初公開なのかもしれませんが、『瓢亭 四季の料理と器』にも鉄鍋で湯炊きにしている旨ちゃあんと書かれていますね。ちなみに料理屋さんでは急いでごはんを炊きたいときに(足りなくなりそうなときとか)この湯炊きで炊くことがありますが、ご飯の場合はちょっとぱらぱらっとした仕上がりになります。番組内でも分析していたように、米の表面が先に糊化するので、中のでんぷんが溶け出しませんから、固めの炊き具合になるわけですね。それが粥の場合は、粒が崩れにくく、それでいてとろみのついた炊き上がりとなるようです。番組では再現してみた湯炊きの粥を試食して「ご飯に米のとろみをまとわらせたような、お粥界のアルデンテ」と表現していましたが、まさにその通り。

 朝に粥を食べるという習慣は関西のものですから、東京のテレビ局スタッフにはあんまりなじみがないかもしれませんが、かの地の農家では奈良を中心に茶粥が普及しています。これはまず大鍋にほうじ茶を煮出して、そこに米を入れて作ります。鍋に水とほうじ茶の葉と米を一度に入れて煮出しながら炊いてしまう横着な方法もありますが、茶の濃さを調整できませんから少数派のようです。朝食として食べるほか、残りは川の水で冷やして農作業の合い間に食べたりもします(『聞き書 ふるさとの家庭料理 -- 雑炊・おこわ・変わりごはん』)。

 瓢亭さんのお粥は、こうした家族で食べる朝食の流れを汲んでいるのではないでしょうか。それに本館の夏の朝食のほか、別館で一年中粥を提供されていますから、家庭以上にたくさん作る必要がありますし、人数分をこまめに焚いて炊きたてを提供するとはいえサービスにはそれなりに時間がかかります。その点で、すぐにふやけて糊状になったりしない湯炊きの利点が生きてきます。いっぽう本に書かれた粥は特別な食事であり、おおかた一人か二人分の一合炊きで、作ったらそのまま食膳に運んですぐ食べることを想定しているから、蓋をして土鍋で時間をかけて炊く方法が一般的なのでしょう。もっとも病気の人や高齢者は、短時間では食べきれないかもしれませんから、湯炊きの粥がお勧めというのは確かにその通り。ガッテンすることしきりです。

 一度にたくさんの料理を作るのは、日本料理の世界では「大鍋の仕事」といいます。板前割烹のようなお客さまの目の前で小人数分を作るのは「小鍋の仕事」です。1日1客しか取らない店が偉くて、たくさん作るのは手抜きであるとか勘違いしている素人さんをよく見かけますが、両者は別のノウハウが必要な独立したジャンルです。たくさん仕込むからこそおいしい煮込み料理というものもありますしね。もっとも、究極をめざす会員制隠れ家料理店では、おいしく大量に煮込んだ料理や仕入れの最小ロットが大きな業務用食材でも、余ったぶんは惜しげもなく捨ててしまい、常に理想の状態で理想の料理を提供しているのかもしれませんが。ちなみに日本料理の職人はどちらの仕事もマスターしなければならないと言われてまして、小さな板前割烹での限られた修業経験しかないと、「あいつは大鍋の仕事ができない」とちょっと揶揄されたりいたします。

 たくさん提供するといえば、ホテルの朝食バイキングで提供されている白粥などでは、葛でとろみをつけてある例もしばしば見かけますよね。こちらの方法では普通の場合とはどう違うのか、ぜひ科学的に考察してほしかったなあ。

 さらにこの番組の最大の問題点なのですが、中国粥についてもまったく言及しておりません。番組冒頭で「各地にある専門店は大人気!」と繁盛風景を映していたのは中国粥の専門店でしたから、その存在を知らないとは言わせませんぞ。そもそも、スタジオに並んだ本の中に、「元気になれる中国とアジアの薬膳粥」というキャッチコピーが書かれた『きれいになれるお粥レシピ』と、ウー・ウェンさんの『北京のやさしいおかゆ』があるのをお見受けしたのですが……。私どもの『おかゆ』にしたって日本の粥と中国粥、両方を取り上げております。

 さっそく『きれいになれる…』で紹介されている広東料理の「赤坂璃宮」譚彦彬料理長の炊き方を見ますと……あれあれえー、油をまぶしたお米を湯炊きしておりますよー(立川志の輔調)。なんで番組では触れなかったのでしょう。中国4000年の秘義なのに。
 
 広東では朝から外食でお粥を食べるという習慣があり、専門店で一度に作る量は半端じゃありません。たくさん提供するという目的から、やはり湯炊きが一般的になったのでしょう。それに湯炊きの粥はさらっとしていてもたれづらく、蒸し暑い香港や京都の夏の朝に食べるのに向いているように感じるのですがいかがでしょう。

05335_05379.jpg なお、なぜかスタジオに並べてもらえなかった小社刊『粥譜 中国がゆの本』によると広東地方はインディカタイプのパサパサした米が主流で、粒が崩れるくらいまで炊きますが、江南地方はジャポニカタイプの米を使い、お粥も日本とかなり似ているそうです。小社刊の『おかゆ』で紹介されているのは江南の炊き方なんですね。ちなみに先の本はシリーズでして、『粥譜 朝鮮がゆとクッパという本もございます。こちらによると韓国では米をあらかじめゴマ油で炒めてから炊くそうです。ちょっとリゾットみたいですね。

 それでは小麦粉文化圏の北京はどうかというと、「稀飯」という名前があるくらいに米の量が少なくて、スープのよう。食べる(吃)ものではなく、飲む(喝)ものだとか。番組では、こうしたさらさらしたお粥は誤嚥(ごえん。食べ物が気管にまちがって入ってしまうこと)の恐れがある「死ぬお粥」・「危険なお粥」として、ばっさり切り捨てておりました。日本人の死因の4位は肺炎であり、そのほとんどは高齢者が発症する誤嚥性肺炎だとおどしていましたが、誤嚥してしまう食べ物っていうのはいつでも必ずお粥なんですかねえ。そりゃあ気をつけねばならないことは重々ガッテンしましたが、好みは人それぞれであり、よしあしをつけるという演出には承服しかねます。中国の人からすれば、日本人は餅(ビン)を食べずに、わざわざ練ってのどに詰まりやすくした「死ぬおこわ」を食べているくせにと笑われちゃいますよ。

okayu.jpg

 日本人は米に粘りやもったり感を求めます。だからコシヒカリがあんなに受けるわけでして、米用の食味計なんてものさえありますが、逆に東南アジアやインドではぱらっとした炊き方を好みます。ですから多めの湯で米を炊いて、途中で湯を捨ててしまう「炊き干し」という調理が一般的。米をゆでている感じですね。日本人は輸入米に対してにおいがあるとか、パサパサしているとか不服を唱えますが、そこがいいという文化もあるわけです。ちなみに江戸時代には炊き干しも行なわれていましたし、大唐米といってインディカタイプの米もありました。同じ品種の米ばかり作っていると田植えや収穫の時期が集中しててんてこ舞いになりますし、いったん日照りや冷害になると全滅する恐れがあるので、同じ農家でも早稲だの乾燥に強いものだのいろいろな品種を同時に栽培していたのです。米も炊き方もいろいろあって、みんな違ってみんないい(by金子みすず)。この方法が正しい、というのはコシヒカリ一辺倒の評価軸しかもたない硬直化した現代人の発想です。

 ところで瓢亭さんの湯炊きの粥の作り方のもう一つの特徴は、「蓋をしない」という点にあります。さっそく番組で紹介されたレシピでお粥を炊いてみたのですが、よりによってなぜこの時季にと大公開、いや違った大後悔。いやあ暑いこと暑いこと。朝粥は夏のメニューですから、厨房スタッフの方たちの苦労がしのばれます。

 鍋に蓋をするかしないか。これもまた東西の料理技術を比較する上で、大事な問題の一つです。ためしてガッテンでもお粥の話の翌週に放映した節電レシピの回では、あんなに蓋の働きを強調していたのですから、ここにもぜひクローズアップしてほしかったですね。もともと中華鍋は普段から蓋をしませんから、蓋を使わずお粥を炊くのは自然な流れ。日本料理店でも蓋はあんまり出番がないですね。ただし中国にも「沙鍋」のような蓋つきの土鍋もありますし、蒸籠という蒸気を活用する独自の加熱法が……、おっと、これ以上暑苦しい話を続けるのもなんですから、蓋の話はまた別の機会に。
 

  
  

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投稿者 webmaster : 10:45

2011年08月30日

外食ヒットメーカーによる人気レシピ! 『簡単につくれる おいしい麺と餃子』 編集担当者より♪

06122.jpg『簡単につくれる おいしい麺と餃子』
著者:中島 武
発行年月:2011年8月31日
判型:B5変 頁数:88頁

ラーメンと餃子はふだんから家庭の食卓にも並ぶスーパー国民食。
外食でも常に人気ランキング上位に入るメニューです。
愛好家も多いということは、レシピ本に対するご評価のハードルも高い? のか、
なかなか”決定版”といえるほどの、個人向けレシピ本が見当たりませんでした。
そこで、全国に400店舗近くの飲食店を展開し、
とくに中国料理店では数々のヒットを飛ばしている、飲食業界の「中華の虎」、
際コーポレーション・中島武社長が満を持しての登場です。

06122_5.jpg鉄鍋餃子で有名な「紅虎餃子房」を世に送り出し、
高級料理の北京ダックを手の届く価格で売り出して
大ヒット。
高級業態やイタリア料理店、バル、和食店や
旅館でも大人気店をつくり、と
マルチな才能を発揮する中島社長の
最新の関心事がまさに「麺と餃子」。
原点回帰ということで、今年の秋からは各店で
新たな餃子メニューを展開する力の入れようです。

そんな中島社長が秘伝のレシピを1冊の本として大公開。
あのゴマの香りがたっぷりの「白胡麻担担麺」も、
とっても辛くておいしい「麻辣麺」も、この1冊でつくれてしまいます。
店舗で出しているメニューだけでなく、
本書の制作をきっかけに生みだした新メニューもたくさん。

和だしを使うところが新鮮な、あっさりラーメンは、
本書の打ち合わせ時に中島社長の頭脳にひらめいたシリーズ。
揚げた鯛のあらを丸ごと使う「鯛らーめん」などは、和だしを使いながらも、
中国料理の調理技法と味のセオリーを融合させた、
中島社長ならではの麺といえます。

06122_1.jpg◎白胡麻担担麺

マイルドな味わいの
白い担担麺。
違いは豆板醤を入れないこと。
麺は少しむっちりした
平麺が合います。

06122_3.jpg◎鯛らーめん

油で揚げた鯛の
香ばしさがたまらない。
ごちそうにもなる
“豪華らーめん” ♪

06122_2.jpg◎麻辣麺

いかにも辛そうな
真っ赤な真っ赤な麺。
真っ赤な理由はラー油。
気合を入れて、思いっきりよく!!


06122_4.jpg餃子は、手づくりの水餃子や具のアレンジだけでなく、
皮にトマトやカボチャなどいろいろな食材を練り込んだ
「レインボー餃子」、中国山椒のたれや柚子のソース、
ホイップクリームのたれなどアイデアは止まりません。

「社長、ホイップクリームのたれはないでしょう??」
「何言ってるの、食べてみてよ。おいしいんだから」


恐る恐る編集担当が焼き餃子をホイップクリームだれにつけてみると・・・。
確かに!初めての味ではあるけれど、合う。
中島社長は「ほーらね」という顔です。

新しいメニューが多いにも関わらず、
本書のラインナップを決めるのに要した時間はわずか1時間ほど。
その後、たった一度の試作を経て撮影に臨みました。
そんな早業ができるのも、常日頃、400店舗近くの料理店を経営し、
料理も自ら指導する中島社長だからこそでしょう。

取材時、写真は「明るく陽気な雰囲気で!」というテーマのもと、
3日間に分けて新橋の店舗で撮影。
厨房から出てくる料理を次々と撮り、あっという間に1冊分ができあがりました。

さっと決めて、さっと撮影した本書ですが、
内容は濃厚、バラエティ満載。
麺好き、餃子好きの方には
必ずや満足いだたけるだろう”決定版”レシピ本になりました。
いつもの麺、いつもの餃子もいいけれど、
本書を手にとって、さらに一歩、大人気店の味へと近づいてみませんか。

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==== 著者本 =====================================

06122_15313.jpg『そのお店、いまなら再生できます』
著者:中島 武
発行年月:2008年8月22日
判型:四六 頁数:208頁

*デジタル書籍版は、こちら から。
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投稿者 webmaster : 14:12

2011年08月26日

裏ワザ、隠ワザ満載!! 『スーパー主婦の節電レシピ』 編集担当者より♪

06125.jpg『スーパー主婦の節電レシピ』
著者:坂本廣子/画:まつもと きなこ
発行年月:2011年8月27日
判型:四六 頁数:124頁


本書の撮影現場は大変勉強になりましたねえ。

いまでは当たり前に言われているが、
洗った鍋底の水滴を拭くだけで加熱時間が短くなるとか、
3口同時に使うのでなければ、
同じ火口(熱源)を続けて使用する方が熱効率は良く、
ロスを低減させるなど、取材現場はなるほど得心のいく連続だった。

以前に試したことはあるが、保温調理の良さ、これは再確認だ。
というよりこれから先、必須の調理法だろうと思う。
とにかく手間要らず、簡単、横着者にはうってつけなのだ。


06125_1.jpg◆ローストビーフ

ピンク色の程よいロゼに仕上げるには、
加熱温度を低く保つ省エネ調理が適す。

06125_3.jpg◆サバ缶のサンガ焼き

缶詰にひと手間加えて、
さらにおいしいごはんの友に!

06125_2.jpg◆ふわふわ大根二種

ダイコンも、おろしてしまえばスピード加熱。
ひと手間+電子レンジで本格中華点心♪


野菜や肉を鍋で煮るでしょ。
ざっと七分程度まで火が通ればOK。
いつまでもコトコト煮る必要なんてない。
鍋ごと新聞でくるんで(蓋くらいはしてね)、毛布でくるんで、
発泡スチロールの箱に入れて置いておく。
こんだけ。

前の晩につくっておけば、
翌日の休日はおいしいカレーとかハヤシ、ビーフシチュー何でも……。
煮もの、焼豚、ローストビーフ、何でも……。
平日だって朝、仕込んで保温しておけば、
帰った頃にはうまくなっている。

特記したいのは、“味がいい” こと。
マイルドで食材そのものの味がする。
仕上がりもふっくら。

長時間の加熱って、
それほどいいものじゃなかったんだね、と理解した次第。


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==== 姉妹書 =====================================

06003.jpg『地震の時の料理ワザ』
著者:坂本廣子/画:まつもと きなこ
発行年月:2006年8月10日
判型:四六 頁数:128頁

*デジタル書籍版は、こちら から。
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投稿者 webmaster : 13:28

2011年08月25日

『フレンチテクニック 煮込み料理』 編集担当者より♪

06124.jpg『フレンチテクニック 煮込み料理』
著者:柴田書店編
発行年月:2011年8月27日
判型:B5変 頁数:120頁


 まだまだ暑い日々が続きますが、
早いもので8月ももうすぐ終わり。
じっくりと煮込んだ「煮込み料理」が恋しくなる秋が、
すぐそこまでやってきました。
誰でもかならず、おいしい煮込み料理に出会った経験があるはずです。
素材の味や食感を失わないよう、
しっとりとうまく火入れをした肉や魚のおいしさは、言葉では表現できません。
ロティールやグリエが豪快な直球勝負のおいしさとすると、
煮込みは技ありのおいしさです。
みなさんのお店のメニューにぜひ欲しい1品です。

 残暑厳しい毎日ですが、まだまだ先の話と思わないで、
秋冬のメニューづくりに、ぜひ役立ててください。
それではシェフが腕をふるってくださった煮込み料理35品のなかから、
いくつかを紹介しましょう。


◎フォン・ド・ヴォー (マノアール・ダスティン)

06124_1.jpgフォン・ド・ヴォーをとらない店が増えていると聞く。
なるほど、大変な労力と時間、原材料費がかかる。
それでもフォンをとるのは、
フォンがその店の味を決めるからにほかならない。

「素材の持ち味を生かして軽く仕上げるために、
フォンはなるべくクリアな味にしたい」と五十嵐シェフ。
骨と肉を2回に分けて焼き、骨の中の髄を丁寧に取り除く。

所要時間は半日以上。こうしてとったフォン・ド・ヴォーは、
牛だけでなく、豚、うなぎ、すっぽんなどさまざまな煮込みに
旨みの底上げとして使用される。


◎牛ほほ肉の赤ワイン煮 (ボンシュマン)

06124_2.jpgフォンや水で長時間煮る煮込み料理は、
どうしても味が抜ける。
そのうえ火加減が上手くいかないとぱさついてしまう。
煮込みのコツは、火入れと味つけの加減が
すべてといってもいいかもしれない。

「上手く煮たジュードブフって、ほんとに旨いと思うんですよ」と
花澤シェフ。その言葉通り、しっとりと柔らかく、しかも肉の味と歯ごたえが絶妙に残っている。

歯ごたえといえば、「牛タンのミジョテ」や「野うさぎのシヴェを入れたブーダンノワール」も、しっかりと「素材らしさ」を感じさせてくれるもう一度食べたい1品だ。


◎あわびのフリカッセ ペルノー風味 (ルカンケ)

06124_3.jpgエスカルゴバターで
フリカッセを仕上げるという新感覚の煮込み。
アワビ特有の歯ごたえ、エスカルゴバターの風味、
どれをとっても日本人が大好きな味。

さわやかなパセリのグリーンは、
地味な煮込みのイメージを一変してくれる。
クリームを使うフリカッセに合うように、
アワビはアワビらしい弾力を残しつつ、
すっとナイフが入るくらいに加減して煮ている。

煮込みは火入れ次第ということを実感する。
ああ、なんて贅沢な料理!


◎粗挽きラムのファルスの玉ネギ詰め (ル・ブルギニオン)

06124_4.jpgフランス料理に限らないが、煮込みと言えば、
個人的なイメージとしては単色という感じがある。
ブラウン系、ホワイト系、
いずれにせよ色気はあまり伝わってこない。

もちろん、あくまで個人的な感想だが、
器の中に野菜の色はそこそこあるとしても、
やはり単色なのだった。
が、「牛肉の赤ワイン煮込み」とか
「粗挽きラムのファルスの玉ネギ詰め」
「エクルヴィスのムースを詰めたブレス鶏手羽先のフリカッセ」などは、
これを見事に裏切ってくれる。

言ってみれば色とりどりの“お花畑”のような美しさであり、
これが煮込み? というインパクトは、なかなかに新鮮なものである。

煮込みを食べて「おいしい!」という評価はあっても、提供された皿に思わず、
女性客から「わあー、きれい!」の声が出るのは稀有だろう。
「いま結構、はまっています」と菊地美升シェフ、
してやったりの笑顔がこぼれる瞬間だ。
仕立て方としては、煮込みというより炊き合せに近い感覚だろうか。
いやー、美しくおいしくいただきました。


◎ブイヤベース マルセイユ風 (サラマンジェ・ド・イザシ・ワキサカ)

06124_5.jpg「厳密にしてオーソドックス」に固執する
正統派、脇坂尚シェフ。

たとえば「バヴェットステーキは
一般的にハラミステーキと言われていますが、
ハラミとは違うカイノミという部位です。
間違ってますねー」とか「陶製の器に入れてつくらないと、
テリーヌって呼ばないんですよねー」とシニカルに語尾が伸び、
その微苦笑には毎度、引き込まれたものである。

「日本には鍋料理があるせいでしょうか、ブイヤベースはスープごと提供されますけど、
あれは本来、魚介を食べる料理なんですねー。
まず本体を食べてもらい、しかる後、スープが別皿で供されるんです」。
アレンジはいいけれど、古典の家庭料理、郷土料理という食文化を
理解しておかなければいけませんという考えである。

脇坂シェフの場合は、あくまで“料理道”なのだろう。
ついつい「勉強になりますねー」と口調まで伝染したものだ。

シェフブログ『オヤジのフレンチ』は辛辣だけれど謹厳、
何と言っても骨太だし、男気満載なのだ
(上記バヴェットステーキの話も出てくる。かなりおもしろい)。
“コテコテ古典のフランス家庭料理”を
愛してやまない脇坂シェフの思いが伝わってくる。
こちらも一度は覗いてみたい。


 この本は、前号の『フォワグラ料理』とともに、
私たちにとって忘れられない本となりました。
 震災直後の東京、なかでも銀座などの繁華街では、しばらくのあいだ、
昼間でもゴーストタウンのように人通りがなく、ちょっと異様な雰囲気がありました。
グラスやワインが破損するといった被害も出ました。
予約はキャンセルが相次ぎ、
通常営業に戻るまでに大変ご苦労をなさったお店も多いのではないでしょうか。

 そんな非常時、まだ余震がおさまらぬときに『フォワグラ料理』の校了作業をし、
並行して『煮込み料理』の撮影取材が始まりました。
明日をも知れぬ状況のなか、撮影取材をさせていただいた
五十嵐シェフ、脇坂シェフ、菊地シェフ、花澤シェフ、古屋シェフをはじめ、
各店のスタッフのみなさんに心からお礼を申し上げます。

5ヵ月あまりが過ぎ、やっと本ができましたが、みなさんのご協力がなければ、
この本は生まれてこなかったでしょう!
ありがとうございました。


==== “フレンチテクニック” シリーズ ===========

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投稿者 webmaster : 10:03

2011年08月22日

肉料理の基礎と応用 『10の素材の肉料理』 編集担当者より♪

06127.jpg『10の素材の肉料理』
著者:十時 亨
発行年月:2011年8月25日
判型:A4変 頁数:192頁


 10年前の雑誌連載時から望まれていた単行本化が、
ずいぶんかかりましたがようやく実現できました。

毎週のようにお店に通い、
仕込み中で大忙しのキッチンと人通りの激しい廊下の一角を使い、
わずかなアイドルタイムの中で撮影したのも、
今となっては懐かしい思い出です。

そうした限られた条件下で、
これだけの充実した内容の取材ができたのは
(なにせ仔羊のローストだけで5種類も撮影したのですから)、
ひとえに十時シェフの熱意とスタッフの方たちの協力のおかげであり、
それに応えることができてほっとしています。

時間が経っても、どの皿も今見てもけっして古びていないのは、
盛りつけの奇抜さや目新しさにおぼれずに
あくまでも素材の部位ごとの使い分けや加熱法で
多くの料理を仕立ててくださった十時シェフならではの技でしょう。


06127_1.jpg◎鹿フィレ肉のアンクルイート、
 マロンとポム・ドゥース

イモと栗のピュレでおおい、
さらに食パンでくるんで
間接的に焼き上げた一皿。

提供時にバターで焼いて、切り分け、
ミニョネットをふる。


06127_2.jpg◎静岡産キジのタジン

タジン鍋で短時間で
効率よくかねるする。

蓋を開けたときにぱっと立つ
エキゾチックな香りが印象的な一皿。


06127_3.jpg◎牛フィレ肉のロッシーニ風

楽聖ロッシーニの名をとった料理。
フィレ肉にフォワグラを乗せて
トリュフソースをかける贅沢なもの。

香りが立つぐらいに温めた
トリュフの薄切り飾った一皿。


 この10年の間に、やれスクレイピーだ、狂牛病だ、
鳥インフルエンザだ、O ‐157だ、豚コレラだ、口蹄疫だと、
家畜や家禽がさまざまな風評被害に見舞われたことが、
企画を進めづらくした一因であり、
今もまたセシウム汚染という新しい問題が料理店を悩ませています。

しかしそうした逆風が、
今まで使ったことのない素材や料理法に目を向けたり、
豚や鶏のような使い慣れた素材を
もう一度見直すきっかけになるかもしれません。
本書がその助けになれば幸いです。

 とくにイノシシや鹿のような野獣は、農作物被害が年々広がっており、
もっと料理店に積極的に使ってもらえるようになれば、と願っております。

ちなみに連載時にはなかった
イノシシと野鳥を加えて全10章にしたのは、
もちろん十時シェフの姓にちなんだものです。
中年男性編集者の考えそうなことですね(笑)。

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投稿者 webmaster : 11:38

2011年08月19日

サイゼリヤ、その強さの秘密!『サイゼリヤ革命』編集担当者より

15326.jpg『サイゼリヤ革命』
著者:山口芳生
発行年月:2011年8月27日
判型:新書 頁数:240頁


筆者は本文中で

「これほど社員、従業員に好かれ、
慕われる企業トップも珍しい」

と述べている。

確かに、数ある外食企業経営者のインタビューを重ね、
なお、そう感じさせるものが正垣会長にはある。

社員、従業員にかなり辛辣なことも言っているし、
容赦なく鞭打つ姿勢も垣間見える。
しかし、それでもなお「参ったなー」と苦笑しつつ正垣流に巻き込まれ、
それを愉しんでいる雰囲気が現場末端まであるのだ。
これは特異なケースだろう。

話の仕方にしても一見、粗っぽい“正垣口調”というのがあって、
これは言ってみれば“お行儀の悪い礼儀正しさ”という感じだろうか。

ともするとサイゼリヤの企業文化=工学的な観察、科学的な分析、
精密な検証と実験という具合に捉えられ、これが一般認知されている。
が、その片側に非常に人間くさい正垣泰彦会長の存在がある。
そうでないと両輪のバランスは崩れる。

感覚的なものは照れくさいから、科学の怜悧な論拠の方が居心地いい、
という存在証明の仕方もあるわけだ。


15326_1.jpg【サイゼリヤ白河高原農場】

総面積280ha。

畑に直に乗りいれ、
収穫を積み込み、
即座に搬送する体制ができている。
 

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サイゼリヤ白河高原農場の“社員猫ちゃん”♪
レタスの新芽を狙うカラスを追い払う、農場一番の働き者!!

◆サイゼリヤ HP

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投稿者 webmaster : 10:12

2011年08月16日

『決定版 レヌ・アロラのおいしいインド料理』 Part 2

00612.jpg『決定版 レヌ・アロラのおいしいインド料理』
著者:レヌ・アロラ
発行年月:2011年8月8日
判型:B5変 頁数:184頁


目からウロコの料理、スパイスでお腹も快調!

初回の撮影を終えて、夕方近くなってから食事。
撮影時に1品ずつ試食しますが、
つくった料理全部をここでふたたび食べることになります。
おいしいので、勢い、夕方だというのについ食べ過ぎてしまいます。

この日は辛いカレーやサブジのほかに、
野菜のミックスサラダである“カチュンバ”や、
“赤タマネギのサラダ、大根のサラダ”など
さっぱりしたものもあり、
さらにインド風フレンチトーストの“シャヒトゥコダ”もあり、デザートまで。
いいバランスでおいしくいただきました。
でももちろんすべてにスパイスは使われています。


06120_6.jpg 06120_7.jpg

06120_8.jpg(左上) ◎カチュンバ

(右上) ◎赤タマネギのサラダ
       大根サラダ

(左)  ◎シャヒトゥコダ


少々汚い話で恐縮ですが、
翌日、いつもよりお通じがよかったのです。3回も。
次の撮影のときに、スタイリストの高橋みどりさんと
社内カメラマンの海老原俊之にも一応尋ねてみました。
「ねぇ、お腹の調子、よくなかった?」と。
すると2人とも「そうなんだよね、いつもより多くて驚いた。快調だった」と。
これって、スパイスのおかげなのだろうかとふと思った瞬間でした。


06120_5.jpgまた、このときに食べたナスのカレーは、
レッドペッパーを小さじ1使いますが、
ほとんど辛さを感じません。
ヨーグルトと生クリームを
加えているからだと思います。

もちろんおいしくて新鮮な味わいです。

こんなに辛くないカレーもあるんだ!

と目からウロコでした。
それからナスは揚げておくのですが、
煮込み時間はわずか5分から6分。


カレーは長く煮込むものとは限らない。

これも 新鮮 な感覚。

おそらく既刊本をよく読めばそういうものもあったでしょうに。
こうして、毎回おいしい試食と新しい発見がある
楽しい撮影が続いたのでした。

きっとその楽しさが紙面にも表われていると思います。
気持ちや勢いが写真やデザインや文章に出てしまうのが、
料理書だからです。

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投稿者 webmaster : 10:39

2011年08月12日

『小嶋ルミの 決定版 ケーキ・レッスン』 編集担当者より♪

06117.jpg『小嶋ルミの 決定版 ケーキ・レッスン』
著者:小嶋ルミ
発行年月:2011年8月1日
判型:B5変 頁数:128頁


小嶋ルミ先生ファンの皆さま、長らくお待たせいたしました!
「小嶋ルミの決定版ケーキ・レッスン」がようやく刊行となりました。
小社『cafe-sweets』誌上で連載した「小嶋ルミの基本のケーキ・レシピ」を
1冊にまとめる企画が持ち上がったのは昨春のこと。

そこから小嶋さんと打ち合わせを重ねて
「やっぱり看板商品のシュークリームも欲しい!」
「夏向けデザートはクレメ・ダンジューで決まり!」
「和栗のモンブランも捨てがたい!」という具合に、
どんどん追加品が増えていき、さらに小嶋さんからは混ぜ方、
泡立て方などの基本テクニックをまとめた
〈レッスン〉パートを充実させました。

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というわけで「あれもこれも」と盛り込んだ全128頁、
ちょっぴり濃厚な本に仕上がっています。
ルミ先生ファンの方はもちろん、
お菓子づくり初心者の方にも“小嶋流お菓子づくりのコツ”を
詳細な写真でわかりやすくまとめていますので、
ぜひ一度お手にとっていただければ嬉しいです。


06117_2.jpg小嶋ルミさんのレシピは、
とにかく「ていねいで細かい!」このひと言に尽きます。
材料は1g単位でものによっては温度指定があり、
混ぜ方、泡立て方は「◇回」「◇分間」と具体的。

さらに、食べごろや賞味期限、
保存方法から温め直すときの温度まで「これでもか!」と
おいしくするコツ、ちょっとしたポイントが満載です。

担当も自宅で何品か挑戦してみたのですが、あっという間に、
ふんわりしっとりした“食べ心地のいい”生地ができ上がりました。
身近な材料でこれだけ差が出るなんて、
小嶋さんのレシピはすごい!!のひと言に尽きます。
とはいえ、そのレシピを生かすも殺すも、
混ぜる・泡立てるなどの基本動作のマスターから、
というのが小嶋さんの考え方。

本書ではこれらの基本テクニックを〈レッスン〉パートにまとめ、
とくに「粉を生地に混ぜ込む」手順を空のボウルを使って
わかりやすく解説しています。

お菓子づくりが大好きで、もうワンランク上の食べ心地をめざしている方、
お菓子づくりを基本から見直したい方に最適な1冊です。


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投稿者 webmaster : 11:20

2011年08月10日

料理本のソムリエ [ vol.26 ]

【 vol.26】
なでしこジャパンの食事が気になる

 すごかったですね! なでしこジャパンの粘りと折れない心。ウィンブルドンのクルム伊達選手といい、この夏の女子選手の活躍ぶりにはただただ感嘆するばかりです。普段あんまりスポーツ中継に関心のない私も、今回ばかりは話が別。「アナログテレビ終了まであと6日」という親切な字幕とともに後世に残しておくべきと思い、録画予約をしておいたものの、結局テレビの前に座っておりました。よもやの後半戦での引き分け。まさかの延長戦での追いつき。固唾を呑んだPK戦。延長戦直前で止まった録画機能。ああ、朝まで起きてて本当によかった。

nadeshiko_1.jpg 七つ森書館(vol.20参照)近くの旧金花通り、今のサッカー通り商店街ではおめでとうポスターがあちこちに、それこそネパール料理店にまで貼られております。文京区の庁舎の中にまでおめでとう垂れ幕があったのですが、いくら日本サッカー協会とミュージアムが区内にあるからってあんまり関係ないんじゃないかなあ。

 こうなると優勝翌日の営業部T君のツイッターは試合の感想でぐんぐんタイムラインが伸びているにちがいないと期待して見てみたら、意外やたったひと言で軽ーくスルー。GK頭越しのループシュートのように冷静です。ワールドカップ観戦のために弾丸ツアーで南アフリカに渡り、テレビ出演も果たした剛の者ともなると、女子の強さは周知の事実であって優勝して当然というところなのか。わいのわいのと騒ぐのはにわかファンの証なのでしょうか。
うーむ、しかしこれではなんだか柴田書店的には不完全燃焼。熱くなりやすくて薄っぺらくて(穴が)あきやすい、安っぽいアルミ鍋みたいな私としては、この興奮をどこにぶつけたらよいものやら。そこで今回はサッカーにまつわる料理本をとりあげてみることにしました。なでしこブームに便乗する気まんまんです。


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 さがしてみると、いやあ、あるもんですねえ。『小学生・中学生のためのジュニアサッカー食事バイブル』はレシピ本なのですが、「アタリ負けしない強い体になりたい」「ひどい筋肉痛になってしまった」というような各種ご要望にこたえて、処方箋のようにメニューが紹介されております。「大事な時に緊張してしまい、いつもミスしてしまう」ジュニアには、気分を落ち着かせる効果のあるハーブを使った「ローズマリーとチーズのホットケーキ」を、「判断力のある頭の回転の早い選手になりたい」ジュニアには、DHAの豊富なイワシの蒲焼丼などが勧められております。至れり尽くせりですねえ。
ユース世代に向けては『強くなりたい中学・高校生選手のためのサッカー食』。サッカー食なんて単語もあるんですねえ。もっとも「野球食」の本もあるみたいで、今やスポーツの世界は根性よりも科学の時代のようです。練習中は疲れていてもすぐに食事をしなければならないので、まんべんなく食べることが大事、量を食べて体を作ること、というのは浦和レッズ永井雄一郎選手のアドバイス。なるほどあれだけハードに体を動かしていると内臓だって参ってしまって、つい好きなものに偏食してしまいがちなんですね。
これらはサッカー好きの息子、娘をもったお母さん向きの本ですが、一流の選手たるものは食生活を自分で管理できるようにならねばなりません。『サッカー ― 自分でできる!勝つための栄養トレーニングアスリートの勝負レシピ』は栄養に関する概説書で、試合2週間前、3日前、前日、当日、試合後の食事で気をつけるべきところを解説。なんだかちょっと双六みたいですが、基本は高糖質食をとって燃料のグリコーゲンを貯め込むことに尽きるようです。ダイエットとは対極にある考え方がちょっと愉快です。

それでは現役選手はどのような食事をしているのかと、『Jリーグの技あり寮ごはん』を開いてみました。神戸ヴィッセルの寮母さんの書いた料理本ときいたので「さあさあ食べた食べた!お代わりはいくらでもあるからねー」みたいなどーんという豪快な料理が並んでいるのかと思いきや、ワンプレートランチでファンシーです。「牛肉のがっつりサラダ」「疲れ知らずのカレーライス」なんていうそれっぽいのもありますが、「ハートの甘辛煮」って……。もはやステーキとトンカツなんて食べてる時代ではないんですねえ。

 さて今回紹介するメインディッシュは『サムライブルーの料理人』。アジアカップやワールドカップといった海外遠征に同行し、選手の食事を担当した料理長さんのルポルタージュです。「料理人は見た!あの選手たちの食卓での裏の顔!ニンジンをこっそり皿からよけた○○選手にイエローカード!!」てな感じの暴露本のようなものを期待されるとがっかりしますよ。著者の西芳照さんはこの仕事についてもしばらくは選手の名前と顔が一致しなかったくらい。逆に選手たちをやたらにスター視しないフランクな視線が、試合前後の普段の姿を浮き彫りにしてくれています。
むかーし月刊誌に載せた長野五輪選手村の青木章総料理長のインタビューによると、大勢のスタッフが関わるオリンピックでは、いまでも基本的に食事は主催国が用意するもので、各国の食文化を考慮して工夫を凝らすとか。てっきりワールドカップもそうなのかと思っておりましたが、あちこちに試合会場が分散して転戦に転戦が次ぐワールドカップの場合は、まったく事情が違うんですね。選手団に帯同するシェフがメニューを管理し、宿泊先のホテルの協力を得て作ってもらいます。海外で苦労して食材を調達するのは、ちょっと大使館付きの公邸料理人さんにも似た立場にありますが、外国の他人の厨房に単身乗り込み、そこのスタッフたちの協力を得ながら大人数の料理を作るのですからずっと神経を遣う仕事のようです。

選手たちの食事に求められるのは、第一に安全であること。食事のせいで体調を崩して実力を発揮できなかった、なんてことになったら大変ですから、衛生管理を徹底させます。ですから料理の内容も、うどんだったりお好み焼だったり鶏の照り焼きだったりと、食べなれた普通のものばかりです。第二に選手たちの栄養管理。会場が高地だった南アフリカ大会では、鉄分が不足しないようにアサリやヒジキをメニューに加えるといった具合です。
そして第三が選手たちが元気になる、食卓につくのが楽しみになるような食事を提供すること。西さんはひたすらそこに腐心します。できたての温かい料理を目の前で提供できるように、ホテルのブッフェさながらに調理器具を食堂に据えて「ライブクッキング」を始めたり、好きなものを選べるようにパスタのソースを複数用意したり、高地でもおいしいご飯が炊けるように圧力釜を独断で導入したり……。西さんは「京懐石よこい」の横井清さんの下で5年間修業した経験があり、日本料理の基礎をしっかりと身につけた料理人ですから、冷凍の魚の照り焼なぞよりももっと洒落た本格日本料理を作りたくなってもおかしくない。しかし、あくまでも選手第一に献立を考えています。安全で栄養に優れ、喜ばれる食事。これってどれも外食産業の基本ですよね。

 食事を勝つための肉体と精神改造の手段として捉えているだけなら、いきつく果てはドーピングでしょう。それは極論だとしても、栄養学の観点から徹底管理して、カロリー計算ばっちり、必須アミノ酸とビタミンの摂取はぬかりない食事を設計するというのが世の流れかもしれません。となると選手が自分で好きな料理が選べる、おかわりできるなんてのは余計なサービスなのでしょうが、どっこい相手はサッカーマシーンではなく、生きた人間です。食べてうまい食事こそが、次の試合の活力となるのです。
 もちろん各国のクラブチームはすでにこの事実に気づいており、試合後すぐに炭水化物を補給できるように帰りのバスの中で温かいパスタが提供されたり、試合前夜にみなで本格的なディナーを囲んだりするそうです。しかし贅沢な食事イコール楽しい食事とは限りません。大事なのはハート(ハツではありませんよ)です。ここぞという重要な試合のときに西さんは、日本を遠く離れた地で食べるとほっとして、やけにおいしく感じられるようなラーメンや親子とじといった「なごみのメニュー」を投入します。
 予選で敗退すれば調達した食材は無駄になりますが、もちろん負けることなど想定外。巻末に収録された南アフリカ大会の日記のあちこちから、西さんの苦労とみんなを喜ばせたいという人柄が伝わり、ああ、次の大会こそはこの人たちが決勝戦に導かれますようにという気持ちにさせられます。


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 ところで肝心のなでしこジャパンの選手団は、会期中にどんな食事をしていたのかも知りたかったのですが、これがよくわからない。優勝トロフィー公開中のサッカーミュージアムも覗いてみたのですが、展示されておりませんでした。ネットで帯同スタッフのリストを見ると料理人は含まれていなかった模様です。とあるテレビの生放送では食事の話題が振られたところ、選手たちはドイツでは醤油かけご飯がブームだった、と口を揃えておりました。ええっと、卵すら入ってませんが……ダイエット中? それとも美食を極めた結果として、あっさりしていてシンプルなものがお好みなのでしょうか。
「勇気を与えてくれた」(by管総理)、「日本人が勇気もらった」(by石原都知事)。ありきたりでちょっと上から目線な(ここは謙虚に「勇気づけられた」でしょう)、つまんないコメントですねえ。もらってばかりいないで、誰か彼女たちに炊きたてのご飯を食べさせてあげてください。


  
 

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投稿者 webmaster : 17:27

2011年08月03日

『決定版 レヌ・アロラのおいしいインド料理』 編集担当者より♪

00612.jpg『決定版 レヌ・アロラのおいしいインド料理』
著者:レヌ・アロラ
発行年月:2011年8月8日
判型:B5変 頁数:184頁


おいしさにはまると道具にもはまる?

2010年の9月から撮影開始!
デザイナーの成澤さん夫妻も初回とほか何回か立ち会い、スタイリストの高橋みどりさんと社内カメラマンの海老原俊之でいざ撮影スタート。メンバーははじめての組合せ。
ちょっと緊張していました。初回はいつもそうですが、料理のでき上がり写真についてはさぐりながらの撮影です。

06120_2.jpgでもプロセス写真を撮るときはみどりさんもデザイナーさんも興味津々で、仕事を忘れて見入っていました。
インド料理をつくるところはあまり見たことがないからです。
鍋のほとんどは取っ手がついていません。それをパッカルというヤットコのような道具で器用につかんで調理するのです。
チョークという油とスパイスを一緒に熱するソースのような料理がありますが、これに使う鍋は黒く、直径10cmほどの小さなもの。とてもかわいいのです。
知らないものがいっぱい。


道具にも興味津々。

06120_1.jpgプロセス写真を撮る部屋は教室として使われていて、周囲にはスパイスのセットやら道具やらがディスプレイされています。
みどりさんがふとその前で動かなくなりました。
「これって、売っているんですか?」とスパイスボックスを指さしました。

アロラさんは「もちろん!」と元気よくお返事。

するとみどりさんは急にショッピングモードに。
「何買おうかな」なんてつぶやいています。
プロセス撮りの部屋に行くごと、小休憩のたびに、ショッピングモードになります。
これは翌年の春に撮影が終わるまでくり返されたのでした。

試食は、いつも人数分のカトリという小さな金属の器とそれぞれのマイスプーンが用意されていて、1品撮影するごとにそこにとり分けて食べました。
試食するごとに「わぁ、おいしい!」の連発です。撮影スタッフは、撮影を重ねるごとにどんどんインド料理にはまっていきました。
そして、道具にもはまっていきました。

何回めかの撮影の折り、ちょうどアロラさんの教室ではフェアをやっていて道具もいっぱい展示。いろいろ並んでいます。
みどりさんは「スパイスボックス」を手に持ってはどうしようかな、とひとり言。
そこで、私がバッサリ。
「毎日インド料理つくるわけじゃないから、要らないでしょ。ビンにでも入れてしっかり密閉しておけばいいんじゃない。使わないですよ、絶対に」
それでも最後の最後まで諦められないようでした。

これをきっかけに、道具から入って持て余してしまいそうな人のために、冒頭の頁「スパイスボックスのこと」の項でアロラさんに聞いた、スパイスの保管法を加えてしまいました。ビンや袋に入れてしまえばいいじゃないか、と。

06120_4.jpg……しかし、かくゆう私も撮影終了後の追加取材の折りに、新しく入荷したというチャクラ(麺台)とベラン(麺棒)をお買い上げ。
フォルムがかわいいし、手ざわりもいいので、買いたいとずっと思っていましたが、まな板と別の麺棒があるから「なくても生きていける」、とぐっと抑えていたのです。それが、ついに……。
(チャクラはタジン鍋の下に敷いて飾っています。チャパティとホームメイドクミン用には使っています)。

ちなみにみどりさんは仕事用に金属の小さな器カトリと、確か鍋もお買い上げになりました。

ああ、楽しかった! いえ、おいしかったです。

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投稿者 webmaster : 16:02