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2011年08月10日

料理本のソムリエ [ vol.26 ]

【 vol.26】
なでしこジャパンの食事が気になる

 すごかったですね! なでしこジャパンの粘りと折れない心。ウィンブルドンのクルム伊達選手といい、この夏の女子選手の活躍ぶりにはただただ感嘆するばかりです。普段あんまりスポーツ中継に関心のない私も、今回ばかりは話が別。「アナログテレビ終了まであと6日」という親切な字幕とともに後世に残しておくべきと思い、録画予約をしておいたものの、結局テレビの前に座っておりました。よもやの後半戦での引き分け。まさかの延長戦での追いつき。固唾を呑んだPK戦。延長戦直前で止まった録画機能。ああ、朝まで起きてて本当によかった。

nadeshiko_1.jpg 七つ森書館(vol.20参照)近くの旧金花通り、今のサッカー通り商店街ではおめでとうポスターがあちこちに、それこそネパール料理店にまで貼られております。文京区の庁舎の中にまでおめでとう垂れ幕があったのですが、いくら日本サッカー協会とミュージアムが区内にあるからってあんまり関係ないんじゃないかなあ。

 こうなると優勝翌日の営業部T君のツイッターは試合の感想でぐんぐんタイムラインが伸びているにちがいないと期待して見てみたら、意外やたったひと言で軽ーくスルー。GK頭越しのループシュートのように冷静です。ワールドカップ観戦のために弾丸ツアーで南アフリカに渡り、テレビ出演も果たした剛の者ともなると、女子の強さは周知の事実であって優勝して当然というところなのか。わいのわいのと騒ぐのはにわかファンの証なのでしょうか。
うーむ、しかしこれではなんだか柴田書店的には不完全燃焼。熱くなりやすくて薄っぺらくて(穴が)あきやすい、安っぽいアルミ鍋みたいな私としては、この興奮をどこにぶつけたらよいものやら。そこで今回はサッカーにまつわる料理本をとりあげてみることにしました。なでしこブームに便乗する気まんまんです。


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 さがしてみると、いやあ、あるもんですねえ。『小学生・中学生のためのジュニアサッカー食事バイブル』はレシピ本なのですが、「アタリ負けしない強い体になりたい」「ひどい筋肉痛になってしまった」というような各種ご要望にこたえて、処方箋のようにメニューが紹介されております。「大事な時に緊張してしまい、いつもミスしてしまう」ジュニアには、気分を落ち着かせる効果のあるハーブを使った「ローズマリーとチーズのホットケーキ」を、「判断力のある頭の回転の早い選手になりたい」ジュニアには、DHAの豊富なイワシの蒲焼丼などが勧められております。至れり尽くせりですねえ。
ユース世代に向けては『強くなりたい中学・高校生選手のためのサッカー食』。サッカー食なんて単語もあるんですねえ。もっとも「野球食」の本もあるみたいで、今やスポーツの世界は根性よりも科学の時代のようです。練習中は疲れていてもすぐに食事をしなければならないので、まんべんなく食べることが大事、量を食べて体を作ること、というのは浦和レッズ永井雄一郎選手のアドバイス。なるほどあれだけハードに体を動かしていると内臓だって参ってしまって、つい好きなものに偏食してしまいがちなんですね。
これらはサッカー好きの息子、娘をもったお母さん向きの本ですが、一流の選手たるものは食生活を自分で管理できるようにならねばなりません。『サッカー ― 自分でできる!勝つための栄養トレーニングアスリートの勝負レシピ』は栄養に関する概説書で、試合2週間前、3日前、前日、当日、試合後の食事で気をつけるべきところを解説。なんだかちょっと双六みたいですが、基本は高糖質食をとって燃料のグリコーゲンを貯め込むことに尽きるようです。ダイエットとは対極にある考え方がちょっと愉快です。

それでは現役選手はどのような食事をしているのかと、『Jリーグの技あり寮ごはん』を開いてみました。神戸ヴィッセルの寮母さんの書いた料理本ときいたので「さあさあ食べた食べた!お代わりはいくらでもあるからねー」みたいなどーんという豪快な料理が並んでいるのかと思いきや、ワンプレートランチでファンシーです。「牛肉のがっつりサラダ」「疲れ知らずのカレーライス」なんていうそれっぽいのもありますが、「ハートの甘辛煮」って……。もはやステーキとトンカツなんて食べてる時代ではないんですねえ。

 さて今回紹介するメインディッシュは『サムライブルーの料理人』。アジアカップやワールドカップといった海外遠征に同行し、選手の食事を担当した料理長さんのルポルタージュです。「料理人は見た!あの選手たちの食卓での裏の顔!ニンジンをこっそり皿からよけた○○選手にイエローカード!!」てな感じの暴露本のようなものを期待されるとがっかりしますよ。著者の西芳照さんはこの仕事についてもしばらくは選手の名前と顔が一致しなかったくらい。逆に選手たちをやたらにスター視しないフランクな視線が、試合前後の普段の姿を浮き彫りにしてくれています。
むかーし月刊誌に載せた長野五輪選手村の青木章総料理長のインタビューによると、大勢のスタッフが関わるオリンピックでは、いまでも基本的に食事は主催国が用意するもので、各国の食文化を考慮して工夫を凝らすとか。てっきりワールドカップもそうなのかと思っておりましたが、あちこちに試合会場が分散して転戦に転戦が次ぐワールドカップの場合は、まったく事情が違うんですね。選手団に帯同するシェフがメニューを管理し、宿泊先のホテルの協力を得て作ってもらいます。海外で苦労して食材を調達するのは、ちょっと大使館付きの公邸料理人さんにも似た立場にありますが、外国の他人の厨房に単身乗り込み、そこのスタッフたちの協力を得ながら大人数の料理を作るのですからずっと神経を遣う仕事のようです。

選手たちの食事に求められるのは、第一に安全であること。食事のせいで体調を崩して実力を発揮できなかった、なんてことになったら大変ですから、衛生管理を徹底させます。ですから料理の内容も、うどんだったりお好み焼だったり鶏の照り焼きだったりと、食べなれた普通のものばかりです。第二に選手たちの栄養管理。会場が高地だった南アフリカ大会では、鉄分が不足しないようにアサリやヒジキをメニューに加えるといった具合です。
そして第三が選手たちが元気になる、食卓につくのが楽しみになるような食事を提供すること。西さんはひたすらそこに腐心します。できたての温かい料理を目の前で提供できるように、ホテルのブッフェさながらに調理器具を食堂に据えて「ライブクッキング」を始めたり、好きなものを選べるようにパスタのソースを複数用意したり、高地でもおいしいご飯が炊けるように圧力釜を独断で導入したり……。西さんは「京懐石よこい」の横井清さんの下で5年間修業した経験があり、日本料理の基礎をしっかりと身につけた料理人ですから、冷凍の魚の照り焼なぞよりももっと洒落た本格日本料理を作りたくなってもおかしくない。しかし、あくまでも選手第一に献立を考えています。安全で栄養に優れ、喜ばれる食事。これってどれも外食産業の基本ですよね。

 食事を勝つための肉体と精神改造の手段として捉えているだけなら、いきつく果てはドーピングでしょう。それは極論だとしても、栄養学の観点から徹底管理して、カロリー計算ばっちり、必須アミノ酸とビタミンの摂取はぬかりない食事を設計するというのが世の流れかもしれません。となると選手が自分で好きな料理が選べる、おかわりできるなんてのは余計なサービスなのでしょうが、どっこい相手はサッカーマシーンではなく、生きた人間です。食べてうまい食事こそが、次の試合の活力となるのです。
 もちろん各国のクラブチームはすでにこの事実に気づいており、試合後すぐに炭水化物を補給できるように帰りのバスの中で温かいパスタが提供されたり、試合前夜にみなで本格的なディナーを囲んだりするそうです。しかし贅沢な食事イコール楽しい食事とは限りません。大事なのはハート(ハツではありませんよ)です。ここぞという重要な試合のときに西さんは、日本を遠く離れた地で食べるとほっとして、やけにおいしく感じられるようなラーメンや親子とじといった「なごみのメニュー」を投入します。
 予選で敗退すれば調達した食材は無駄になりますが、もちろん負けることなど想定外。巻末に収録された南アフリカ大会の日記のあちこちから、西さんの苦労とみんなを喜ばせたいという人柄が伝わり、ああ、次の大会こそはこの人たちが決勝戦に導かれますようにという気持ちにさせられます。


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 ところで肝心のなでしこジャパンの選手団は、会期中にどんな食事をしていたのかも知りたかったのですが、これがよくわからない。優勝トロフィー公開中のサッカーミュージアムも覗いてみたのですが、展示されておりませんでした。ネットで帯同スタッフのリストを見ると料理人は含まれていなかった模様です。とあるテレビの生放送では食事の話題が振られたところ、選手たちはドイツでは醤油かけご飯がブームだった、と口を揃えておりました。ええっと、卵すら入ってませんが……ダイエット中? それとも美食を極めた結果として、あっさりしていてシンプルなものがお好みなのでしょうか。
「勇気を与えてくれた」(by管総理)、「日本人が勇気もらった」(by石原都知事)。ありきたりでちょっと上から目線な(ここは謙虚に「勇気づけられた」でしょう)、つまんないコメントですねえ。もらってばかりいないで、誰か彼女たちに炊きたてのご飯を食べさせてあげてください。


  
 

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投稿者 webmaster : 2011年08月10日 17:27