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2011年08月31日

料理本のソムリエ [ vol.27 ]

【 vol.27】
門前の小僧習わぬ粥を語る

 うーん、最近のNHKの「ためしてガッテン」はどうしちゃったんですかねえ。前に魚のおろし方について独自解釈を展開されたと思ったら、今度は7月20日の放送で白粥の炊き方を取り上げて、堂々のレシピ本批判。またもや「今やお粥だけのレシピ本も登場!」なんて言いつつ、スタジオに各社の書籍をずらりと並べた挙句、「どうしてこういうレシピができてしまったのかねえ」なんてことを上から目線でのたまっておりました。

05908.jpg今回はそこに柴田書店の『おかゆ』も入っていたのをこちとら見逃しませんでしたよ。なんだお前、また突っ込んでほしいのか? 誘い受けか?

 ADを呼び出して土下座させるなんて恐喝まがいなことはいたしませんが、何を変だと思ったのか、どこが浅いのかはきちんと明らかにしておきましょう。ハイ、ここでテーマです。「かゆいところに手が届く、かゆの炊き方大解剖」。

 この番組では京都の瓢亭さんの朝粥(公共放送ですから店名は明らかにしませんでしたが、誰が見たってわかります)を「究極のお粥」として取り上げておりました。瓢亭さんのお粥は沸騰した湯にといでおいた米を入れて、時折かき混ぜながら炊きまして、うどんをゆでるときのように途中で差し水をします。土鍋ではなく鉄鍋を使い、終始蓋はいたしません。確かに土鍋でお粥を炊く際に普通いわれているような、水から吹きこぼさないようにことこと炊いて、米の粒が崩れるのでけっしてかき混ぜない、という方法とはまったく違いますよね。少々時間が経っても糊のようにならず、おいしく食べられるのが特長だそうです。

 だからといって、ちまたの料理本のお粥の炊き方はことごとくまちがいであーる、みたいな演出はいかがなものか。 NHKの「きょうの料理」を俎上に挙げて比較検討するっていうならまだ話はわかりますが。そもそも民放のバラエティ番組ならいざ知らず、「門外不出」「秘義・奥義」を一挙公開って……。北斗神拳かいな。

05917.jpg この炊き方は「湯炊き」といいます。NHKでは初公開なのかもしれませんが、『瓢亭 四季の料理と器』にも鉄鍋で湯炊きにしている旨ちゃあんと書かれていますね。ちなみに料理屋さんでは急いでごはんを炊きたいときに(足りなくなりそうなときとか)この湯炊きで炊くことがありますが、ご飯の場合はちょっとぱらぱらっとした仕上がりになります。番組内でも分析していたように、米の表面が先に糊化するので、中のでんぷんが溶け出しませんから、固めの炊き具合になるわけですね。それが粥の場合は、粒が崩れにくく、それでいてとろみのついた炊き上がりとなるようです。番組では再現してみた湯炊きの粥を試食して「ご飯に米のとろみをまとわらせたような、お粥界のアルデンテ」と表現していましたが、まさにその通り。

 朝に粥を食べるという習慣は関西のものですから、東京のテレビ局スタッフにはあんまりなじみがないかもしれませんが、かの地の農家では奈良を中心に茶粥が普及しています。これはまず大鍋にほうじ茶を煮出して、そこに米を入れて作ります。鍋に水とほうじ茶の葉と米を一度に入れて煮出しながら炊いてしまう横着な方法もありますが、茶の濃さを調整できませんから少数派のようです。朝食として食べるほか、残りは川の水で冷やして農作業の合い間に食べたりもします(『聞き書 ふるさとの家庭料理 -- 雑炊・おこわ・変わりごはん』)。

 瓢亭さんのお粥は、こうした家族で食べる朝食の流れを汲んでいるのではないでしょうか。それに本館の夏の朝食のほか、別館で一年中粥を提供されていますから、家庭以上にたくさん作る必要がありますし、人数分をこまめに焚いて炊きたてを提供するとはいえサービスにはそれなりに時間がかかります。その点で、すぐにふやけて糊状になったりしない湯炊きの利点が生きてきます。いっぽう本に書かれた粥は特別な食事であり、おおかた一人か二人分の一合炊きで、作ったらそのまま食膳に運んですぐ食べることを想定しているから、蓋をして土鍋で時間をかけて炊く方法が一般的なのでしょう。もっとも病気の人や高齢者は、短時間では食べきれないかもしれませんから、湯炊きの粥がお勧めというのは確かにその通り。ガッテンすることしきりです。

 一度にたくさんの料理を作るのは、日本料理の世界では「大鍋の仕事」といいます。板前割烹のようなお客さまの目の前で小人数分を作るのは「小鍋の仕事」です。1日1客しか取らない店が偉くて、たくさん作るのは手抜きであるとか勘違いしている素人さんをよく見かけますが、両者は別のノウハウが必要な独立したジャンルです。たくさん仕込むからこそおいしい煮込み料理というものもありますしね。もっとも、究極をめざす会員制隠れ家料理店では、おいしく大量に煮込んだ料理や仕入れの最小ロットが大きな業務用食材でも、余ったぶんは惜しげもなく捨ててしまい、常に理想の状態で理想の料理を提供しているのかもしれませんが。ちなみに日本料理の職人はどちらの仕事もマスターしなければならないと言われてまして、小さな板前割烹での限られた修業経験しかないと、「あいつは大鍋の仕事ができない」とちょっと揶揄されたりいたします。

 たくさん提供するといえば、ホテルの朝食バイキングで提供されている白粥などでは、葛でとろみをつけてある例もしばしば見かけますよね。こちらの方法では普通の場合とはどう違うのか、ぜひ科学的に考察してほしかったなあ。

 さらにこの番組の最大の問題点なのですが、中国粥についてもまったく言及しておりません。番組冒頭で「各地にある専門店は大人気!」と繁盛風景を映していたのは中国粥の専門店でしたから、その存在を知らないとは言わせませんぞ。そもそも、スタジオに並んだ本の中に、「元気になれる中国とアジアの薬膳粥」というキャッチコピーが書かれた『きれいになれるお粥レシピ』と、ウー・ウェンさんの『北京のやさしいおかゆ』があるのをお見受けしたのですが……。私どもの『おかゆ』にしたって日本の粥と中国粥、両方を取り上げております。

 さっそく『きれいになれる…』で紹介されている広東料理の「赤坂璃宮」譚彦彬料理長の炊き方を見ますと……あれあれえー、油をまぶしたお米を湯炊きしておりますよー(立川志の輔調)。なんで番組では触れなかったのでしょう。中国4000年の秘義なのに。
 
 広東では朝から外食でお粥を食べるという習慣があり、専門店で一度に作る量は半端じゃありません。たくさん提供するという目的から、やはり湯炊きが一般的になったのでしょう。それに湯炊きの粥はさらっとしていてもたれづらく、蒸し暑い香港や京都の夏の朝に食べるのに向いているように感じるのですがいかがでしょう。

05335_05379.jpg なお、なぜかスタジオに並べてもらえなかった小社刊『粥譜 中国がゆの本』によると広東地方はインディカタイプのパサパサした米が主流で、粒が崩れるくらいまで炊きますが、江南地方はジャポニカタイプの米を使い、お粥も日本とかなり似ているそうです。小社刊の『おかゆ』で紹介されているのは江南の炊き方なんですね。ちなみに先の本はシリーズでして、『粥譜 朝鮮がゆとクッパという本もございます。こちらによると韓国では米をあらかじめゴマ油で炒めてから炊くそうです。ちょっとリゾットみたいですね。

 それでは小麦粉文化圏の北京はどうかというと、「稀飯」という名前があるくらいに米の量が少なくて、スープのよう。食べる(吃)ものではなく、飲む(喝)ものだとか。番組では、こうしたさらさらしたお粥は誤嚥(ごえん。食べ物が気管にまちがって入ってしまうこと)の恐れがある「死ぬお粥」・「危険なお粥」として、ばっさり切り捨てておりました。日本人の死因の4位は肺炎であり、そのほとんどは高齢者が発症する誤嚥性肺炎だとおどしていましたが、誤嚥してしまう食べ物っていうのはいつでも必ずお粥なんですかねえ。そりゃあ気をつけねばならないことは重々ガッテンしましたが、好みは人それぞれであり、よしあしをつけるという演出には承服しかねます。中国の人からすれば、日本人は餅(ビン)を食べずに、わざわざ練ってのどに詰まりやすくした「死ぬおこわ」を食べているくせにと笑われちゃいますよ。

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 日本人は米に粘りやもったり感を求めます。だからコシヒカリがあんなに受けるわけでして、米用の食味計なんてものさえありますが、逆に東南アジアやインドではぱらっとした炊き方を好みます。ですから多めの湯で米を炊いて、途中で湯を捨ててしまう「炊き干し」という調理が一般的。米をゆでている感じですね。日本人は輸入米に対してにおいがあるとか、パサパサしているとか不服を唱えますが、そこがいいという文化もあるわけです。ちなみに江戸時代には炊き干しも行なわれていましたし、大唐米といってインディカタイプの米もありました。同じ品種の米ばかり作っていると田植えや収穫の時期が集中しててんてこ舞いになりますし、いったん日照りや冷害になると全滅する恐れがあるので、同じ農家でも早稲だの乾燥に強いものだのいろいろな品種を同時に栽培していたのです。米も炊き方もいろいろあって、みんな違ってみんないい(by金子みすず)。この方法が正しい、というのはコシヒカリ一辺倒の評価軸しかもたない硬直化した現代人の発想です。

 ところで瓢亭さんの湯炊きの粥の作り方のもう一つの特徴は、「蓋をしない」という点にあります。さっそく番組で紹介されたレシピでお粥を炊いてみたのですが、よりによってなぜこの時季にと大公開、いや違った大後悔。いやあ暑いこと暑いこと。朝粥は夏のメニューですから、厨房スタッフの方たちの苦労がしのばれます。

 鍋に蓋をするかしないか。これもまた東西の料理技術を比較する上で、大事な問題の一つです。ためしてガッテンでもお粥の話の翌週に放映した節電レシピの回では、あんなに蓋の働きを強調していたのですから、ここにもぜひクローズアップしてほしかったですね。もともと中華鍋は普段から蓋をしませんから、蓋を使わずお粥を炊くのは自然な流れ。日本料理店でも蓋はあんまり出番がないですね。ただし中国にも「沙鍋」のような蓋つきの土鍋もありますし、蒸籠という蒸気を活用する独自の加熱法が……、おっと、これ以上暑苦しい話を続けるのもなんですから、蓋の話はまた別の機会に。
 

  
  

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投稿者 webmaster : 2011年08月31日 10:45