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2011年12月26日

『人気のパン☆ヒットパレード』

06131.jpg『人気のパン☆ヒットパレード』
著者:柴田書店編
発行年月:2011年12月26日
判型:B5変 頁数:152頁

アイデアマンで段取り上手。
サービス精神も抜群!
繁盛パン屋さんは、そんな“デキる”方々でした。

人気のパン屋さんで、
ピカリkira.jpgと光るアレンジパンのレシピをうかがった本書。

レシピ数は1店につき最低4品、多いお店では7品から8品。
しかも、もれなくパンづくりの工程写真撮影までお願いしてしまおうという
盛りだくさんな取材を、快く OK してくださったのが、
本書に登場する11人のシェフたちです。

取材時間は、仕込みのスタートに合わせてtaiyo.jpg朝4時半から、
あるいはお店用の仕込みが一段落した夕方から、
あるいは2日にわたって……と、各店色々でしたが、
どのシェフにも共通するのは目を見張るような段取りのよさです。

必要な発酵や焼成の時間を見積もり、
「はい、じゃあAのパンのミキシングが終わったから、
発酵させている間にBのパンを成形しますね。
Cのパンは発酵させておきましたので、この次にやりましょう。
そのころには、Aの発酵が終わるでしょうから……」といった具合に、
別々のパンの作業を交錯させてテキパキとすすめるシェフ。

そして、最後にはすべてのパンがこんがりと焼き上がる。
それは、まるで綿密に構築された
オムニバスドラマのようにも思えるのでした。

しかし、80種から100種にも及ぶパンを毎日つくるシェフたちにとっては、
そんな段取りは当然の仕事だといいます。

おいしいパン、楽しいパンを考え出すアイデア力。
毎日決まった時間に、それらのパンをつくり上げる段取り力と持久力。
そして何より、もっとお客さまを喜ばせたいと
日々新たなパンづくりに取り組むサービス精神。

そんなシェフたちの人間力が、
そのままパン屋さんとしての魅力につながっています。

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投稿者 webmaster : 09:53

2011年12月21日

料理本のソムリエ [ vol.35]

【 vol.35】

カレーの王子様が
密かに進める日本印度化計画

 前回は、最近のカレー本をちょっとくさしたりしましたが、それは歴史に関する記述に限っての話でありまして、実のところ、カレー関係の著作は料理本の中ではまあまあのレベルだと思います(商品開発やテレビ番組への協力などおいしい話がほうぼうに転がっているせいか、片手間仕事になってきている感じの本もおみかけしますが)。欧風カレーやインドカレーなどいろいろなタイプがあって、視野が広くなければならないからでしょうか。

 またカレーマニアには自分でも厨房に立つ人たちが多いように思います。食べ歩き本でも作り手の立場から見るので、まがりなりにも分析しようという姿勢がみられますし、自分が好みではない皿に出会っても頭からこれはダメと決めつけない。カレーという料理全般に対する愛情がそこここに感じられます。その点、世の料理評論家と称する方々やグルメサイトの投稿マニアはといいますと…。その昔、カレーを食べすぎると舌が馬鹿になるとか、辛いものを食べすぎると頭が悪くなるとかいう説を聞いたことがあります。もしかしたらですよ、彼らは辛口評論家を名乗ろうとしたあまり、カレーマニアが驚くくらいの尋常ならざる量のカレーを食べて食べて食べまくったのでしょうか。それもきっと自腹で…。なんと過酷な道を選んだ勇者たちか!

 カレーはもはや日本の国民食だそうですから、料理本が充実しているのは当然なのかもしれません。みごと国民食の座を勝ち得た理由については、いろいろ言われています。ご飯にかける洋食なので日本人にもなじみがよいから。軍の食事に取り入れられたため兵役経験者を通じて津々浦々まで広まったから。ご飯消費拡大をめざして学校給食に取り入れられたから…などなど。

 私はもうひとつ、もともと子供に好まれやすいメニューであったから、というのも挙げたいですね。学童どころか幼児のうちからカレーはおなじみの料理です。のびてしまう麺類と違って冷ましてもそこそこいけますから、猫舌の子供でも大丈夫。箸が使えなくても食べられますし、柔らかい。

 握りのおすしは骨はないし手づかみで食べられるのでなかなかの対抗馬ですが、子供の口にはちょっと大きいし、うまく食べないとくずれてしまう。そもそも回らないすし店は、お子様連れはご遠慮願ったりしていてせっかくの市場をスポイルしていますよね。散らしずしで作るものですが、「雛ずし」なんていう習慣があるくらいですから、本来すしは子供となじみがいいのに。小さく握るとネタが多く必要なうえに手間がかかるからですかね?

 ラーメンやハンバーグもお子様がたの大好物でありますが、インスタントや冷凍食品となると手抜きという感じがどうしてもしてしまう。その点、カレーなら市販のルーで作れば簡単な割合に豪華そう。野菜もいろいろ入れられるし。レトルトだってこっそり使えば、お母さんの面目が立ちます。一家団欒というイメージもあり、“おふくろの味”の一角を占めるのもむべなるかなであります。

somurie_05916.jpg 思えば子供向けに特別に仕立てた味でかわいいパッケージの商品が、普通にスーパーにずらっと並んでいるっていうのもなかなか珍しいですよね。一人っ子を大事にする中国に行っても「麻婆豆腐小皇帝」なんて見当たらないものねえ。もっとも、これはこれで売れそうな気もするぞ。子供向けの味つけの麻婆豆腐のレシピは『TOFU和と中華のおいしい豆腐料理』に載っておりますので、中国で商品化を目指す方は勉強してください。

 さて本題。こうしたイメージ戦略が効を奏したのか、料理関係の児童書を見ていますとカレー本がやたらに多いことに気づいたのですよ。子供に受けるし、ご両親も買って与えたくなる種類の本なのでしょう。昔はカレーがメインの絵本なんて洒落たものはなかったような気がするのですが、いつの間にやら大増殖しているようです。

kodomotosyoka.jpg こちとら児童書はまったくの門外漢なものですから、専門図書館へ行ってまいりました。会社から歩いていける上野公園内に「国際子ども図書館」があります。ぞうさんやきりんさんの絵が描かれた原色っぽい建物と思いきや、威風堂々たる重厚なたたずまい。テラスのカフェも併設していて博物館のよう。実はこの建物は明治39年に建てられたもので、つい10年ほど前までは国立国会図書館上野支部だったんです。そういえば児童書専門の神保町ブックハウスも格調高いですが、こちらも元は洋書専門の北沢書店の新刊コーナーでしたっけ。ちょっとよそいきな感じなほうが、やんちゃな子供たちも神妙にしてくれていいかもしれません。ただ吹き抜けで天井が高い石造りの洋風建築は、お子様が泣かれますとわんわん響いてなかなかすごいことになります。

jidobungakukan.jpg 一方大阪には日本一の蔵書数を誇る「国際児童文学館」がありますが、こっちは立派な本館とは別なところに入口が設けられ、ちょっとちんまりしておりまして、子供向けというよりは研究者向けかも。もともと千里の万博公園内にあったのが、東大阪の府立中央図書館に統合され、建物横にあったレストラン跡に移転したからであります。児童書ってえのは、空いた建物を転用するのが決まりなんですねえ。レストランの居抜きを選んだのは、いま流行りの絵本カフェをめざしたわけではないので、当然カレーメニューもおいてありません。経費節減のためでして、大阪人が好きなんは文楽よりも新喜劇とちゃいまっか、とかいう前知事によるご英断であります。

 さてカレーが出てくる児童書ですが、カレー絵本コーナーなんて棚があるわけないし、そもそも専門図書館は原則閉架なので、パソコンの検索機能を使って探すことになります。ところが検索ワードに入れた音引き(“ー”のことです)は省略されてしまうので、うかれだぬきだのおしゃれカレンダーだのカーレンジャーだのすてきな彼だのカレーと関係ないタイトルもぞろぞろ引っかかって、探しづらいこと探しづらいこと…。用語を組み合わせたり絞ったりと苦心して拾い出したのですが、昼間からカレー絵本ばかりをやたらと借り出すおっさんていうのはかなり不気味ですね。

 探せば出てくる出てくる。『カレーやしきのまりこさん』『ねえカレーつくってよ』『カレーをつくろう!』『まほうカレー』『カレーライスはこわいぞ』『かえるとカレーライス』などなど…。こうして並べるとひとつのつながったストーリーみたいです。カレー屋敷で作ってもらったカレーを食べたら、魔法にかかって蛙になっちゃった、ってな感じ。

 最後の本は実際にはもっとシュールな話でして、山が噴火したらカレーが流れ出てきて、それを蛙が食べるというストーリーです。別に酔っ払っているわけではありません。ナンセンスストーリーを得意とする長新太らしい作品です。文章は落合恵子で、彼が絵のみを手がけた『カレーライスのすきなぺんぎん』も、カレーを食べていたらコップの氷水に小さいペンギンがいたという話。直木賞作家の井上荒野作『ひみつのカレーライス』は、カレーの中から出てきた種を庭に植えたら、カレーの木が生えてきて…。大人的にはこういう理屈抜きの作品が面白いけど、子供受けはどうなんでしょうか。

 カレーは不思議なスパイスや外国のイメージと結びつきやすく、魔法や王様となじみがいいことも、絵本や童話のテーマにとりあげられやすい一因でしょう。『いたずらまじょ子とカレーの王子さま』『カレーだいおうのまほう』『王さまのまほうカレー』なんていうのもありました。『王さまのまほうカレー』は絵よりも文字が多い童話ですが、カレー作りに奮闘する王様ストーリーがなかなか読ませます。

 ただし『カレーライスは王さまだ』は現実の話であります。給食の調理現場の写真ルポでして、社会科の副読本のようです。人気のカレーにかこつけて、お勉強してもらおうという大人の欲が見え隠れるする本が多いのも、この分野の特徴ですね。もっともカラー写真をふんだんに使ってあったりして、大人の社会科見学みたいで意外と楽しめました。藤田千枝『カレーライスの本』は料理を実験になぞらえて、段取りの大切さを説いたり、加熱で細胞がどう壊れるかを説明したりと、なかなか高度な内容です。

 そもそも前回紹介した『カレーライスと日本人』の森枝卓士氏は、この新書本と同時進行で子供向きの『たくさんのふしぎ』という月刊誌にも執筆しておりまして、のちに『カレーライスがやってきた!』というタイトルで独立した本として刊行されております。吉田よし子氏も『カレーライス はじめはどこで生まれたの?』という本を監修しています。カレーを通じて世界の国々や文化を学んでもらおうという企画は結構多い。『おどろうつくろうABC DEカレー』なんていう英語を学べる本もありまして、カレーだけで学校の授業が組めそうなくらいです。

 うーん、これだけいろいろあるとなると脳みそは完全にカレー漬け。日本人は将来ますますカレー好きになること間違いありませんな。インドの秘密結社の陰謀でしょうか?
 あ、ちなみに私が幼少のみぎりによく読んだ絵本は『モチモチの木』でありました。なぜなら木の実で作るおいしそうなもちが出てくるから。あと絵本といったらこれくらいしか持っていなかったから。ついでに同じ斎藤隆介・滝平二郎コンビの『ちょうちん屋のままッ子』も話の後半で、主人公の長吉が料理店に修業に入るところばかり気に入って繰り返し読んでおりました。そうかあー、器は底の真ん中を一生懸命洗うといいのかあ、とか子供のくせに納得したり。見事に日本料理ファンとして洗脳されております。

 さて、この与太ブログの更新も今年はこれでおしまい。最後に明治40年12月30日の読売新聞で紹介されました「ハイカラ年越蕎麦」を紹介いたしましょう。東京割烹女学校が考案したライスカレー式蕎麦料理であります。

haikarasoba.jpg まず豚肉100匁(375g)を細かくつぶし(刃叩き? それともミンチのこと?)、水1升の鍋でアクが煮上がるまで煮上げ、アクをすくい取ります。椎茸20匁(75g)、油揚げ3枚、タマネギ大2個、青カブ大1個を細かくさいの目に切ったものを加えてかき混ぜ、それが柔らかくなるまでもう一度煮上げます。さらにミリン少量を落とし、醤油と食塩を加えて味をととのえます。別に蕎麦の玉10個をざるに入れて熱湯をかけ、湯気をとっておき、かねて煮溶かしたバターの中に入れてかき混ぜ、適宜の容器に盛ります。先の煮上げた材料をかけてできあがりです……ってこれのどこがライスカレー式なのか。上から具をかけているから? それともカレー粉を入れ忘れているんでしょうか…。

 このレシピの蕎麦はゆでおきのようですが、もちろん普通に乾蕎麦をゆでてもOK。タマネギやカブから甘みが出るので、ミリンは加えなくてもよいかもしれません。ちょっと味が物足りない方は、ほんとにカレー粉を入れてもいいですよ。
 ともあれ100年前の“すこぶるハイカった料理”のできあがり。話の種にどうぞお試しください。

  
  
  
  

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2011年12月09日

『魯山人と星岡茶寮の料理』

06132.jpg『魯山人と星岡茶寮の料理』
著者:柴田書店編
発行年月:2011年12月14日
判型:B5変 頁数:152頁

 入社して2年目の秋、京都出張は数えるほどしか経験していなかった頃のこと。取材先の料理人さんに教えてもらった知る人ぞ知る板前割烹の実力店へ、その日のうちに飛び込みで食事に参りました。夕方に電話を入れてすぐに押しかけるという、いま思えばずいぶん失礼なお客ですが、やる気だけはあるところを買ってもらえたのか、ご主人と意気投合。コノワタを肴に夜中まで話らいました。そのときに見せていただいたのが、ご主人がよそから借りていた星岡茶寮の機関誌『星岡』の復刻版。いわく、「柴田書店はもっとこういう本を作らなければいけないよ」。

 泊まっていきなさいとおっしゃってくれているのを強引に辞して、深夜の京都をあてもなく歩きました。碁盤の目の京都の街は三方を山に囲まれているので、慣れない酔っ払いにはどの角を曲がっても同じように見えて、どっちに向かって歩いているかわからない。いつかご主人をうならせる本を作ってやろうと考えながら、夜の京都をぐるぐるぐるぐる……。

 一晩のコノワタの恩義に報いるため、『星岡』の復刻本を送ろうと古本を探したのですが、結局現物を手に入れるのに6年近くかかりました。苦労して探し出してくれた古書店主いわく、「秦秀雄も罪な人だよねえ。自分が関わった雑誌しかまとめなかったのだから」。なぜか22号から80号までと全巻の半数しか収録しておらず、発行部数もわずかにとどまった復刻雑誌。どうも魯山人の周囲にはいろいろと複雑な事情がありそうだと薄々感づきました。

06132_2.jpg 実は陶磁史を研究していたので学生時代に魯山人の文章は読んだことがあったのですが、独力で学んだ人ならではの地に足がついた芸術論や料理論を期待したら、うわすべりのご託宣でがっかり。白崎秀雄の小説はひどい内容だと噂にきいていたのでまったく開いたことがないままでした。ところが雑誌でだしの特集を組んだとき、戦前はどんな方法だったのだろうと、魯山人著作集を開いてみたら文中にテレビが出てくるのにびっくり。どうにもこうにも合点がいかない。いつかは魯山人と対決しなけりゃならんと腹を決め、ついに器と盛り付け特集号の別冊 『日本料理の四季』で取り上げました。今から3年前の話です。

 どこをどう調べればいいかは昔とった杵柄で、ちょっとつつくだけでいくらでも新資料が出てきます。うれしかったのは、魯山人が書道展覧会で褒状をとった際の新聞記事がどうしても見つからず(いま思えばそんなものは世になかったのですが)、図書館で白崎の小説をもう一度確かめようとしたとき。同じシの棚に島崎藤村の短編小説集があって、「そういえば彼は星岡茶寮で結婚式を挙げたんだっけ…」となんとなくパラパラ開いたら、魯山人をモデルにした小説が目に飛び込んできたのです。また同じ週の天皇誕生日には神奈川近代文学館で、星岡茶寮の献立の実物にたどりつきました。資料タイトルは「今年竹出版記念会献立表・受領書」とあるだけで、実見して初めてそれとわかったものです。あの日の横浜はクリスマスイルミネーション一色で、思いがけないサンタの贈り物に浮かれました。平日は雑誌編集作業があるので仕方なく、土日祝日をすべて魯山人調査に投入した半年でありました。

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 そうした成果のまとめを掲載して、京都の夜に出された宿題をようやく提出したつもりでいたのですが、いつになっても魯山人に関する新知識が世に広まる様子がありません。『料理王国』が2冊も文庫化されたり、「現存する資料のほぼすべてに目を通し」た立派なご本が文庫化されたりしているのに。『日本料理の四季』には私が編集した号以外にも、吉田耕三先生の連載記事や、当時の編集部が総力を上げて作った魯山人特集号があるのですが、一向に参考図書に入る気配がありません。

 そこでせっかくなので2つの別冊を単行本にまとめました。ご購入ずみの方には申し訳ないので、その後に発見した戦前の婦人雑誌中の魯山人情報を大幅追加いたしました。これでようやく、魯山人に関する資料の末席に連ねてもらえるのではないかと思います。


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2011年12月07日

料理本のソムリエ [ vol.34]

【 vol.34】

第一発見者は別人だった!
船上で侍ボーイが見た謎の外国人、
その手にはいったい何が!?

 前回またまたカツ丼の話なんかに寄り道した挙句の果てに、カレー粉の本の話になっちゃいまして、カレーの本は結局まともに登場しませんでしたね。いよいよもってトンカツ偏執者、違ったトンカツ編集者の烙印を押されそうなので、今回こそカレーの本の話といたしましょう。

 そもそも私はトンカツじゃなくて、スパイスの歴史を研究して香料諸島に行くのが学生時代の夢だったのですよ。それがどこかで道をまちがえまして、どっちも果たせずになぜかここでこうしてこんなブログを書いています(遠い目)。月刊誌の編集者時代にエスニック特集が組まれたときはそりゃあ嬉しくてサンバルとかカピとか集めて張り切ったものですが、その号はあんまり売れずにがっかりしましたよ(さらに遠い目)。当時としては聞いたこともない香りも知らないスパイスやら調味料の話っていうのは、あんまり関心を引かなかったのかもしれません。
06022.jpgですから4年前に小社からカレー専門店から東南アジア料理店まで33店のレシピを集めた『カレーのすべて』が出たときは、読者がついてくるのかひやひやしたものです。ところが意外やアマゾンのレビューをみるとプロ以外の人も買って試しているようで(そのため分量が料理店仕様で多すぎるとかいう不評もありますが、これは小社の本の宿命でして…)、隔世の感がありますねえ。

 いまや素人だって各種スパイスを手に入れて汗をかきかき本格的なカレー作りに挑戦する時代。カレーに関する本も汗牛充棟、本棚からこぼれ落ちそうなほど出版されています。レシピ本やガイド本は例によって割愛しても、薀蓄本、雑学本がずいぶん増えました。

 その嚆矢は1983年の江原恵の『カレーライスの話』あたりでしょうか。74年に『庖丁文化論』で鮮烈デビューした江原氏は“料理学”の論客をめざした人でありまして、家庭料理の店を経営したこともあり、実体験に裏打ちされたユニークな着眼点が学者さんにない持ち味です。ただし代用教員から料理人になったという経歴のせいか、生粋の料理人を終生の敵と捉えている節があるうえに、高価な料理や外国料理は特権階級のものであるという階級史観臭が全体をおおっておりまして、アジ調っぽい内容です。第一章は友人との会話スタイルになっているのですが、それがまどろっこしくて成功しているとは思えません。料理の理解が中途半端で、敵の姿がはっきり見えないままにいきんでいます。まあ、全共闘世代が好みそうではありますが…。

curryko.jpg 続いて1989年の森枝卓士の『カレーライスと日本人』は、海外旅行が珍しくなくなったバブル時代の本らしく、インド人に日本風カレーを食べてもらって感想を求めたり、カレー粉のブランドとして戦前から名高かったC&B社(ちなみに同社の製品は今でも現役です)を訪ねてイギリスに渡ったりと実に活動的です。ポストモダンの80年代というよりは小田実の「何でも見てやろう」的スタンスなのですが、机の上にとどまらずに実地で調べてやろうという姿勢に好感が持てます。ただ取材ルポルタージュという形でまとめてしまったがために、当時はビビッドだった著者の感想や説明が逆にあだになって、今読み返すとどうしても20年前の本という印象を受けてしまう。難しいものですねえ。
 文句ばっかりですがこの2冊、著者の個性がはっきり出ている点が、昨今のカレー本とは一味違うところです。現在のカレー本の基礎を作ったといってもいいでしょう。

 続いて92年には吉田よし子の『カレーなる物語』が出版されます。熱帯植物の専門家が語るスパイスの説明が売り物なのですが、この本にはひとつ問題が。日本で最初のカレー目撃談として「飯の上にトウガラシ細味に致し、芋のドロドロのようなものをかけ、これを手にて掻きまわして手づかみで食す。至って汚き物なり」と、幕府の第二回遣欧使節団に参加した三宅秀の日記を紹介しておりまして、2000年の井上宏生の『日本人はカレーライスがなぜ好きなのか』や08年の水野仁輔の『カレーライスの謎』などいろいろな本にも引かれております。刀を差した若侍が初めて日本の国を離れ、船中で外国料理を見て目を白黒させる…なんていうエピソードは世の人の好むところでありますから。

 ところが02年の小菅桂子の『カレーライスの誕生』では、「三宅秀関係書籍にあたったかぎり目撃情報はどこにもなかったので真偽のほどはわからない」とあります。どうやら軍配は小菅氏に上がるようでして、『サムライ使節団欧羅巴を食す』『拙者は喰えん! サムライ洋食事始』では、ほとんど同じ文が同じ使節団の岩松太郎の日記にあることが指摘されています。ただし「汚き物なり」ではなくて「きたなき人物の者なり」。カレーが見苦しいのではなくて、食べ方が見苦しく感じられたのですね。ちなみに文久4年2月5日(1864年3月12日)の岩松日記には、この食べ方をしていたのはインド人ではなくアラビア人とあります。彼らは夕陽に向かって三拝したりと(ムスリムの礼拝でしょうか)、日本人の目には奇妙に映ったようです。

 まあ正直な話、ほとんどの人にとっては最初にカレーに出会ったらしいお侍が三宅君でも岩松君でも構わないでしょう。ただ94年の『丁髷とらいすかれい』では、表紙にカレーを手にした羽織袴の三宅秀の似顔絵が描かれており、ちょっと勇み足でした。

 なお井上氏は三宅秀の日記からと紹介しておきながら、「汚く人物の者なり」と引用しておりまして、吉田氏の本とも微妙に違います。いったいどこが誤りの震源なのかしら。三宅秀のエピソードは何々の本から採りましたと明記してあれば話は簡単だったのですが、それがないからわからない。料理関係の薀蓄本にはよくある話です。お固い研究書じゃないからいいじゃない、というのが理由でしょうが、固くない料理の話こそいろんな本に丸写しされやすいので、間違いが広まりやすくて危険です。書き写していくうちに誤解も生じます。伝言ゲームみたいなものですね。時間が経つにつれて研究が進み、真実に近づいていくかと思いきや、むしろどんどん遠ざかったりします。おまけに今はネットっていう厄介なものもありまして、試しに三宅秀+カレーで検索してみるとぞろぞろぞろぞろ…。

 それにつけても皆さんカレーを初めて見た日本人とか、カレー南蛮の発明者とか、ホント初めてが好きですよねえ。いま私がちょっと気になっているのは、日本初の即席カレー「ライスカレーのタネ」を売り出したとされている神田松富町(今の外神田)の「一貫堂」についてでして。

 この製品は明治39(1906)年の新聞の広告によると「カレー粉及極上生肉等を調合乾燥し固形体となしたる」とあり、熱湯で溶かしてご飯にかけて食べるそうです。で、さらに続けて「尚流行の蒸パンや(に?)バタの代りに着けて召し食(あが)ると至て結構です」と謳っております。カレーパンの実用新案特許は1927年に出されていると『カレーライスの誕生』にありまして、カレーとパンの組み合わせとしてはずいぶん早いですよね。イギリス人だってカレーはパンじゃなくてライスと食べます。ナンやチャパティの代わりかしら?

risecurry.jpg 実は一貫堂は蒸しパン用のセイロやパン種の発売元なんですよ。だからこんなに蒸しパン推しなんですね。本業はいったい何だったのでしょう。さらに付け加えるとほぼ同時期、同じ神田でも猿楽町の「蔦の家岡島商店」という店が、やはりライスカレーの種を売り出しております。東京朝日新聞の広告では、こちらの出稿のほうが2ヵ月早いくらいでして、どちらが先に売り出したのかはよくわかりません。翌年3月の広告によると「ライスカレーノ種」で商標登録をとったようですし(一貫堂のほうの広告は「ライスカレー種」「ライスカレイ種」というのがありましたがライスカレーのタネというのは見つかりませんでした)、一貫堂がシチュウ種を発売すればハヤシライスの種を発売するという具合で、手ごわいライバルだったと思うのですが、各種カレー本ではまったく取り上げてもらえていません。

 湯で溶くだけではたしておいしく食べられたのかちょっと疑問でありますが、この年の『家庭雑誌』12月号「カレーの話」には、「近頃盛んに広告せられているライスカレー種と言ふもの」というくだりがありまして、結構話題になったようです。ちなみにこの雑誌、堺利彦の創刊でこの号の編集人は大杉栄。また即席の既製品に頼らないカレーの保存法をとくとくと解説した大石禄亭は、大逆事件に連座した大石誠之助のペンネーム。全共闘かぶれなんぞは裸足で逃げだす布陣であります。

 そもそもこの製品、「肉を調合乾燥」ってフリーズドライみたいですが、誰の発案で、どのように製造したのでしょう。ほかにも同じような商品に取り組んだメーカーはあったのでしょうか。ここんとこをもう少し掘り下げたいところですね。明治37年から38年の日露戦争の頃に湯に溶かすと中から国旗やらが出てくる懐中汁粉が流行ったそうですが(以前、松江の和菓子屋さんが復刻発売しておりました)、その辺からの発想だったんですかねえ。世のカレー本はずいぶん増えましたが、まだまだわからないことはありそうです。

 振り返ってみますと、江原・森枝両氏の本が、岩波新書の向こうを張った三一新書と講談社現代新書に収められているのに対し、吉田・小菅両氏は筑摩プリマーブックスと講談社選書メチエで、井上・水野両氏は平凡社新書に角川SSC新書。時代が反映されてますね。料理の話題がどんな本で語られてきたか、出版文化上どんな扱いを受けてきたかがなんとなくうかがえます。濃い欧風カレーの時代から、本格派をうたったインドカレーが一般にも広まって、近年わっとスープカレーブームが起きたのとなんだかちょっと似てますねえっていうと、たとえが悪いですかね。いやいやいや、スープカレーや井上・水野両氏が本格的じゃないって言ってるんじゃけっしてないですよ。スープカレーは江原氏がいうところの汁かけ飯タイプのカレーの復権であり、カレーの新しい道を示しています。井上氏の本はノンフィクション作家らしい手練なまとめ方だし、水野氏の本はルーやレトルトといった日本のカレー文化の根本を支えている商品にスポットを当てている点でなかなか読ませます。ただ、最近の新書はどっかで読んだことのある話が多くて、ちょっと薄いんですよねえ。まあ、これも好みの問題でありますが。

 ちなみに著者のはっきりしないカレー雑学本のたぐいは、それこそ既存の本の寄せ集め色が強いのでここでは取り上げませんでした。ただし84年の『カレーライスの本』は別格でして、カレー写真、じゃなかったカラー写真で阿佐田哲也が我が家のカレーの作り方を伝授したり、官公庁の食堂のカレーライスを食べ比べたりとなかなかひねった内容です。この本はフタバブックスというシリーズで、新書版なのに丸背の上製本というちょっと豪華な作り。のちに双葉文庫から出た『カレーライス物語』と比べるとデザインも企画力も古きよき時代を感じさせますな。


  
  
  
  

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投稿者 webmaster : 17:06

2011年12月01日

『フレンチテクニック パイ料理』 編集担当者より♪

06130.jpg『フレンチテクニック パイ料理』
著者:柴田書店編
発行年月:2011年12月2日
判型:B5変 頁数:128頁

 秋から春にかけて、根強い人気のメニュー「パイ料理」の登場です。

 「パイ料理」は私の好物の一つでもあります。
小さい頃に読んだローラー・インガルス・ワイルダーの『大草原の小さな家』に、
トウモロコシ畑を食い荒らすムクドリを鉄砲で打ち落とし、
肉汁がしたたるジューシーなムクドリパイを母ちゃんがつくってくれた、
というくだりがあったと記憶しています。
まだ見ぬムクドリパイへの憧れが、
私のパイ料理好きのはじまりだったのかもしれません。
さて、昔話はここまでにしておきましょう。

 今回も5名のシェフにご登場いただきました。
日本人ではじめてアランシャペル氏に師事した音羽シェフ、
そして神戸ポートピアホテルのレストラン「アランシャペル」で修業をした
小峰シェフ(アランシャペルつながりですね)。
そして何度もご登場いただいている花澤シェフと荻野シェフ、
初登場の松本シェフによる「パイ料理」の饗宴です。

中が見えないパイ包み焼きの 余熱を使った火入れの技
軽く焼き上げるためのコツ など、ヒントが満載。
どうぞ参考になさってください!


06130_2.jpg◆小さなパイの盛り合わせ
  (オトワレストラン)


一つのパイ生地で、
違う味の一口パイが何種類もできました。
立食パーティなどのカナッペにも便利。


06130_3.jpg◆ブレス産雌鶏とリー・ド・ヴォー、
 フォワグラのパテ・アンクルート

 (ラ・ターブル・ド・コンマ)

高さのある大型のパテアンクルート。
圧巻です。表面に施されたパイ飾りも見事!
切り分けるのが惜しかったなあ・・・。

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06130_6.jpg◆鮎のパイ包み焼き
 (ボンシュマン)


かわいらしい姿!
シェフによるとアユの塩焼きのイメージとか。

でも私にはぬくぬくと布団にくるまれた
アユとしか思えないんです。
ボンシュマンのスタッフの生まれ故郷、
郡上からアユが届きました。


06130_5.jpg◆ウナギパイ (笑)
 (オギノ)


浜松銘菓「うなぎパイ」にちなんで、
こう名づけたそうです。

これが受けて、
お客様に親しみをもっていただいたメニューの一つ。
ウナギはマトロット風に赤ワインで煮てあります。


06130_7.jpg◆うずらの爽やかな香りを
閉じ込めたパイ包み焼き

 (メルヴェイユ)

中にはオレンジの皮とタイム、
グリエしたウズラが入っています。
このまま客席でパイの蓋を切りはずし、
立ち上る香りを堪能していただくという趣向。
こうした演出ができるのもパイ料理の魅力。
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==== “フレンチテクニック” シリーズ =========================

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投稿者 webmaster : 11:41