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2013年01月21日
料理本のソムリエ [vol.51]
【 vol.51】
おせちって仕切りが大事だよね
はっ! 気がついたらもう2013年だ! カレンダーが新しくなってるよ! 世界の終わりだからとパッと景気よく使っちゃった人や海外のパワースポットまで避難した人たちの怨嗟の声で満ち溢れるかと思ったら、セの字もありません。みんな忘れっぽすぎるよー。
日本人って執念深くないというか、過去のニュースをすぐに忘れちゃいますよね。正月といえば2年前、ネットで注文したら見るも無残にスカスカしたおせちが届いてせっかくのお祝い気分がぶちこわしになったという騒ぎがありましたね。みんな覚えてる?
あの事件は、当時もてはやされていた共同購入割引サイトからの販売だったり、社長がツイッターやブログで宣伝していたのをネタに2ch住民がかみついたり、グルメサイトに上がった苦情のレビューが管理者の手でどんどん消されていったりと、ネットがらみの話題が豊富だったために、あれほどの大騒ぎになったのですが、写真と中身が違うというクレームの本質はお見合い結婚の時代から目新しいことではありません。
報道によるとキャビアがランプフィッシュの模造品になったりシャラン産鴨が国産になったりカマンベールがプロセスチーズになったりといった明らかな質的劣化もあったようですが、おせちの盛り込み作業写真をネットにアップしてアピールしていたくらいですから(ところがスタッフが普段着だったので、非衛生的だとそれがまた問題になったのですが)、初めから詐欺を働くつもりだったとも思えない。一番の問題は、「どうせよそから購入する出来合いの食材を詰め直すだけだろう」という安直な姿勢と見通しの甘さと思われます。焼き鳥居酒屋カフェ(どんな業態なんだ…)が普段出している商品とおせちとでは、まったく要領が異なるのに参入するなんて素人考えで稚拙だったわけですが、そもそもこの店はなんでこんな失敗をしでかしたか、ということに対する考察は見かけませんでした。
当時の報道では、100個販売するつもりだったが好評につき受注枠を500個に増やしたため、仕入れが間に合わなかったせいと説明されていました。これってただの言い訳ですよねえ。普通なら間に合わないことがわかった時点であせってなんとかするよねえ。
確かに年も押し迫ってから業務用品を大量に追加注文するのはむずかしいでしょうけど、ちまたに完成した正月料理があふれかえっている時期ですから、足りない分は築地にでも行って蒲鉾だのくわいだのきんとんだのを買って埋め合わせれば、なんとか形になったはず。見本写真と料理が異なった点は断り書きのひとつも入れておいて、奮発して見た目に豪華に仕立てさえすればあそこまで大きな騒ぎにはなりませんよね。なんで「少しずつ盛りつける量を減らせばなんとかごまかせるさ」と思っちゃったのか。少しずつどころかあんなにスカスカになるまで足りなくなったわけですが、なぜそれが予見できなかったと思われますか?
この会社の最大の失敗は容器を変更したことなのです。販売数が5倍に増えたために用意できなかったのか、はたまた初めから発注ミスしたのかはわかりませんが、ネットに上げられていた見本写真によりますと、お重に9つの間仕切りを井桁に組んでそこにぴったりはまる角皿に料理を詰めています。ところが実際に使われていたのは十字の4つの間仕切りのものでした。それなのに角皿どころか、お弁当用の銀ホイルのカップすら満足に用意していません。
皿がなければ当然のことですが、仕切りの数が減っただけでも箱に入る量はぐーんと増えます。素人にはそこがピンとこない。箱のサイズは同じ7寸だからそんなに変わらないだろうと、あてずっぽうで量を見込んでいて、実際に詰めている途中でぜんぜん足りないことに気がついたが後の祭り…。恐らくこの辺りがことの真相でしょう。
予定していたおせち料理は33品。9区×3段に詰めるはずが4区×3段に変わったということは、33÷12≒3で、ほとんどの区分けの中に料理を3種類ずつ盛り込むことになります。盛り合わせは難易度が高く、バイトの素人には手に負えません。皿もはまっておりませんから、傾ければ料理が端に偏るのは目に見えています。単品を個別に盛っているときよりも、盛り合わせた料理は傷みやすくなります。おせちを甘く見すぎです。
こんなにおせちについて熱弁をふるっているのは(って。このブログ、いつでも無駄に暑苦しいか…)、おせちは取材するほうも大変だったから思い入れもひとしおなのです。デパート販売のちらし用に見本を作っている店ならいいのですが、限られた数を予約のみで作っている店は、とうぜん31日にならないとできあがりが準備できない。つまり撮影が大晦日、掲載は翌年の新年号になるってわけです。私はたまたま家族旅行が北陸方面だったカメラマンに頼み込んで、雪の金沢で早朝5時におせちを取材いたしましたですよ。帰りには近江町市場で年末セールのカニを主婦と取り合ったりして、それはそれで楽しかったですけどね。二年参りのラッシュに巻き込まれて身動きとれなくなる年越し蕎麦の現地ルポと並んで、酷な取材のひとつでした。
今でこそデパートだのスーパーだのでいろいろなメーカーのおせちが販売されておりますが、はるか昔は料理店が予約のみを受けるもので、それもごく限られたお得意さんに対する内々のサービスでした。なぜか? おせちを詰めるお重は店が用意するのではなく、お客さんからの持ち込みが一般的だったからです。
そもそもおせちは家庭の主婦が正月の間だけでも台所に立たずにすむよう、年末のうちにまとめて作る料理ですよね。とはいえ、それすらできないほど忙しい家となると、黒豆だの昆布巻きだのを外から買ってきて、おうちのお重に詰めて済ますわけです。ところが立派な資産家になるとそれでは面目が立たないので、料理店に頼むという裏技が昔もありました。しかしお重の大きさは各家庭で違いますから、請け負った側はあらかじめ値段のつけようがありません。実際に詰めてみて初めて請求書が書ける商品では、親しいごく限られたお得意さんしか相手にできません。業務用の使い捨ての杉板の折箱に詰めて、カラー写真を撮ってちらしを刷って予約をとって、保冷剤つきでクールの宅配便にのせて…なんて販売方法は最近のものですよね。
本来の塗りのお重には、間仕切りなんかありませんでした。ですからせいぜい葉蘭で区切るくらいです。それが仕切りの入った市販の箱を使うことで、盛り込み作業が簡単になったため、手がける料理店は格段に増えました。
何の仕切りもない箱にぎっしりと料理を詰めるには、まんぜんと行なっていてもうまくいきません。仮想の仕切りがあると見立てて、それをめやすに詰めていくという高度な技が必要でして、昨年末に出版された『東京會舘おせち料理と節句料理』にその一端が紹介されています。ちなみにこの本、タイトルに「おせち」とあるので書店さんが家庭料理のコーナーに分類している例を見かけますが、内容はどちらかといえばプロ向け。東京會舘の鈴木直登料理長は今や少なくなった東京料理の後継者でして、つけ板を使った蒲鉾のつくりかたなど、関西の料理人さんはご存知ない(東京の料理人さんだって若い人は知らない)珍しい技法が紹介されています。詰め方も、正確に切り出した蒲鉾をきっちり詰めるといった関東のおせちの特徴が見られます。
今のおせちは色とりどりの料理を少量ずつ盛る「散し盛り」が主流です。こちらはどちらかというと関西の料理店が得意としています。もっとも亡くなった京都の「菊水」の板前新三さん(戦前、法善寺横丁にあった名店「みどり」の元料理長でもあります)によりますと、京都でも昔は「流し」といいまして、同じ料理がずらりと一列に並ぶだけのずっとシンプルな盛りつけだったそうです。
おまけに中京区あたりの問屋さん相手に、正月早々出張仕事をしたとか。こうした大きな商家には、元日には親戚縁者はもちろん、かつて奉公していた雇い人やお得意先など大勢の人が訪れます。おせち料理を詰めたお重は床の間にででんと飾られておりまして、お年始にきたお客さんに取り分けてお出しする。そうして減ったらすぐに台所に引っ込めて、料理人が補充する(確かに流し盛りは取り分けやすい反面、減ってくるとモロ分かりで格好悪いですもんね)。そうしたらまた床の間に飾る…の繰り返し。
ちなみにそんなお年始客がわんさか訪れるのはわずらわしいからと、小説家やら政治家やらは家を留守にして、ホテルや旅館で正月をのんびりすごすというのが戦前から行なわれていました(さすがに海外へ、とまではいきませんが)。庶民は庶民で有名神社へ初詣するなんて習慣がありますが、これは鉄道や市電が発達してからだそうでして。正月の在り方というのは伝統行事のようでいて、ずいぶん変化したもようです。おせちを家族で楽しむいろいろ詰まった豪華な食事ととらえるのも、最近の傾向なのですね。
多品種化が進んだうえ、数を販売するようになったおかげで、日本料理店にとっておせちの仕事は段取りを「仕切る」のもとっても大切なことになりました。どでかい厨房があってたくさんの冷蔵庫があって、さらに空調管理された専用の広い盛りつけ場があるならいざしらず、普通の料理店では通常の施設を使っておせち料理を仕込んでいます。ガスの火口の数が限られますから、一度にたくさんの種類の料理は仕込めません。日持ちのきくものから順にパーツを作っていって、最後に一気に組み立てなければなりません。調理前の材料が冷蔵庫を占領していては仕舞えませんから、仕入れも計画的に進めなければならず、それこそ途中で販売数の大幅な変更なんてできっこありません。「専門料理」2007年12月号は、実際のスケジュール管理について取材していますが、料理店の主人がそろそろおせちにとりかからねば、と考え始めるのはなんとお盆明けから。確かに栗の蜜煮なんぞは秋のうちから仕込まねばなりませんしね。
私が昔聞いた料理人さんの話だと、鍋の大きさにもよりますが、通常規模の割烹では30個くらいが無理のない範囲だとか。100個というのは利益が出にくい微妙な個数で、それなら専用厨房を用意したりPBで工場で作ってもらったりしてもっと大きく商ったほうがいいといわれています。先の焼き鳥居酒屋が500個に増やしたというのは経営判断としては正しいのですが、それだけの量を用意し、組み立てる技量はとてもなかったということでしょう。
一番大変なのは盛り込みでして、空の器をずらありと並べるスペースと人数が必要です。30日には徹夜作業となるのに、おせちを販売した店の主人は、万が一食中毒が発生したりしないだろうかと、3が日の間も心配でおちおち寝ていられないともききます。傷まないようにするには既成品のようにしっかりと濃い味をつけてしまうのがひとつの手段ですが(もっと手っ取り早いのは保存料を使うことなのでしょうが)、梅型にむいたニンジンひとつとっても、梅酢を使ったり、だしは傷みやすいので酒で旨みをつけたり、加熱時間を普段より長めにしたりと、工夫を凝らすのが料理人の意地だったりします。
ちなみに私がはるーか昔に撮影したおせちは、予備として作ってあったものでした。注文の取り間違いやら先方の勘違いやらで、大晦日当日に数が合わないことがあるので、念のため余計に作っておくという店すらあるんです。それでも足りなくなって、帰郷するスタッフにもたせてやるはずのぶんを泣く泣く供出した、なんて話もあります。手作りしている店では売上げは、立ってもさほど儲からないという話もよくききます。
もっともネット通販を見ていたら、最近は冷凍技術が発達しているせいか松の内をすぎてもおせちが販売されているんですね…。破格なバーゲン値段で。なんだか閉店まぎわに売られているお弁当みたい。元旦でもコンビニどころかスーパーだって普通に営業しているし、世の中めりはりがなくなってきましたね…。これまた時代の流れでしょうけど。
投稿者 webmaster : 2013年01月21日 09:46