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2013年05月21日
料理本のソムリエ [vol.56]
【 vol.56】
グルメコミックコンベンションに行ってみたよ
ゴールデンウィークが明けましたねえ。皆さんどこかへお出かけになりました? 桜を見に東北へ? 休みをとって10連休にして海外へ? 結構結構。人が外に繰り出さなければ経済は活性化されませんものね。おおいに羽根をのばしてください。
私はといえばね、本を片付けていましたよ。ふう。現在、会社の資料本(段ボール43箱もあった・・・)を大整理中なもんで。そしたら、あちこちに百舌(モズ)のように隠していた私物が出てきまして(日本酒の製造工程を描いた額とか箸袋コレクションとか)、それをしまうには今度は家の本を片付けなきゃならない。本の片付けの連鎖核反応でいつまで経っても終らない。
でもね、一日だけちゃんとお出かけしました。場所は浅草、東京観光のメッカです。目的は図書館のカードの更新や新しくできた古本屋モールを覗くこと(笑)。それからもうひとつ、料理系同人誌専門の即売会です。なんでもこのたび初開催とか。こちとら、おいしい料理と本の匂いのするところにはどこにでも現れますよ。
「柴田書店と料理マンガ、それも同人誌って、無関係じゃない?」と思うかたもいらっしゃることでしょうが、まったくご縁がないわけでもない。むかーし、雑誌『料理百科』は、同人誌即売会を取り上げたことがありまして。執筆者は『月刊ホテル旅館』元編集長の松坂健氏。旅行宿泊業界から見ると、全国から膨大な参加者が集結してかなりのお金を落としていくコミケはものすごいイベントでして、驚きの目をもって終始好意的に紹介したのです。そもそもコスプレだって、ホテルを借り切って開くアメリカのSFファン大会に起源があるわけですから、宿泊業と縁があります。今でこそ、クールジャパンとか称してコミケだのコスプレだのを持ち上げる空気がありますが、2001年当時は物好きなオタクの集まりというのが圧倒的な見方でしたから、先見の明がありました。記事のところどころが間違っていたらしくて(コミックマーケット準備会を準備委員会と記すとか)、つっこみも受けていましたが、コミック業界の外側にいる雑誌が好意的に取り上げるのは異例のことだったので、ネット市民の間で歓迎されておりました。ちなみにこの文章、『食ベンチャーのキーワード』に収録されておりますが、ぜんぜん直っておりません(笑)。
というわけで、柴田書店は同人誌即売会にやさしいのです。だから、どうかおじさんが足を踏み入れても場違いな変な奴という目で見ないでね。なんせ私、ビッグサイトで開かれているコミックマーケットは行ったことがありません。チケットを買わなきゃいけなかったりするのかしら。撮影した写真をブログにアップしてもいいのかしら。会場の空気もお作法もぜんぜんわからない。あ、ちなみに川崎と晴海なら行ったことがあります(笑)。
秋葉原の本屋に貼ってあったポスターには開始時間がまったく書いてないし、会場の東京都立産業貿易センターのHPにはイベントそのものの記述がないしで、半信半疑で午後遅くに行ってみたら(並ぶのは嫌だしねえ)、閉会寸前でした…。料理専門の即売会ですからネギを振り回す人や食べ物の着ぐるみを着た人がいるのかと思ったら、だだっ広い会議室のようなところに机が並んでいるだけ。主催者や出展者が想像していた以上に人気で、売り切れ続出だそうで、会場はまばらな状態。そんなところにのこのこおっさんが来たので、さらに目立つことに。もう半泣きです。残っていた本を立ち読みさせてもらったのですが、作り手たちを目の前に、黙って突っ返してぷいっと立ち去る勇気がありません。結果として全ブースの商品を1冊ずつ買うはめに。うわーん。
落ち着いて戦利品を見渡してみますと、食べ歩きだの商品比較だのが多くて、学生の研究サークルっぽいノリですね。実は期待していたのは、料理レシピの同人誌だったのですが、それらもあったことはあったけれども売り切れてしまったようです。
料理系同人誌という本にじわり活気があることは、すでに前から情報を掴んでおりました。どっちがうまいか料理で勝負したり、新聞記者がウンチクを垂れたりするいわゆる料理マンガではなく、パスタや丼ものなどの自作レシピを紹介するというものです。いよいよこのジャンルにも採算を度外視して物づくりに励むマニアたちが進出してきたのか……。市場性だの読者層だの売上げだのに縛られるわれわれとしては、素人のピュアな情熱というのはなかなかの脅威です。ライバルの芽は早めに摘み取ってやるっ、こんなレシピ本で作る料理が食えるかっ女将を呼べ女将を!とか嫌がらせをしてやるっというのはウソで(それができれば全ブースの売上げに貢献したりしません)、みなさんどんな本を作っているのか見てみたいという好奇心からでした。
そういう若い才能を青田刈りした商業出版物もすでにありまして、同人誌として発表したものをまとめた『リア充ごはん』は発売直後に購入済みです。われわれとは違った感覚で作られていまして、「へえ、料理プロセス写真の背景に写り込んだものはわざわざ画像ソフトで消しちゃうんだー」とか、興味深かったです。
それにしても、いわゆる料理対決マンガやウンチクマンガの同人誌があんまり見当たらないのはどうしてでしょう。これらは商業出版では欠かせないアイテムであっても、素人が作りたい!と思うものではないのかもしれません。
ちょうど会社の本を片付けていて『花のズボラめし』と『てんまんアラカルト』を拾ったものですから(なんで書籍部の棚にあったんだろう?)、プロの料理マンガもちょっと見てみようという気持ちになりました。新古書店を覗いてみたのですが、世の中いつの間にかずいぶんいろいろな料理マンガが出版されていたんですねえ。
パラパラ立ち読みしてみたのですが、ここなら黙って本棚に戻しても心が痛みません。なかなか買いたいと思うものが見つからない。それはこちらの職業病で、マンガで語られている料理テクニックやウンチクの元ネタが透けてみえて興ざめ、という事情もあるのですが、原因はそればかりではありません。
まず第一にマンガ家は料理好きとは限りません。そのためか、かなりの率で料理マンガは原作者つきです。原作者が傾ける情熱を作画家が共有できるとは限りませんし、原作者つきでなくても編集者の企画先行で、作者は乗り気じゃなさそうだなあ、という作品も見かけます。原作マンガがいつもだめなわけではないし、ちばてつやはボクシングに詳しかったわけではありませんが、描き手に熱意はあったほうがいいでしょう。
作画家が料理好きでなければならない理由はなぜか。料理マンガは「この料理おいしい!」というシーンが出てこなければストーリーが成り立ちません。ところがおいしそうな料理を絵で表現するのは、かなりハードルが高いのです。基本的にモノクロですし、グラデーションのあるものやごちゃごちゃしたものを表現しづらいのがマンガの絵ですから。
おそらく資料写真を撮ってそれを絵におこしたのだろうというものを多く見かけますが、だいぶリアルに見えてもおいしそうとは限らない。グラビアアイドルの写真集からおこした登場人物が、はたして生き生きした魅力的な絵に見えるかというのと同じ理屈です。それでも可愛い女の子の絵が描きたいとひたすら腕を磨くマンガ家は多いことでしょうが、料理をおいしそうに描くことに血道を上げる人はそうはいないでしょう。
食指が伸びない絵であえて押し切る強気な料理マンガもありますが、『美味しんぼ』のように、料理専門のアシスタントがいて、料理だけは登場人物の雰囲気と全然違うリアルな画風の絵で登場するというのもよく見かけます。美味しんぼはストーリー展開よりも知識優先(そもそも吹き出しの中にあんなにびっしり文字が並んでいますし)ですから、これはこれでいいでしょう。教育テレビでは、お人形とお姉さんが同じ画面に登場して、イラストボードで説明したかと思えば実験風景に切り替わったりしても、あんまり気にならないと一緒です。
ところがドラマに重きをおいた作品でこの手のことをやると、アニメの中に実写キャラクターが登場するみたいで、違和感を生じてしまいます。おまけに料理の絵をいくつも描くのは大変だからと、同じ絵をコピーして使い回したりする例もみかけます。作品上もっとも魅力的でなければならないはずのものが手抜きで平気というのだから、不思議です。
料理のおいしさを描くのには、登場人物にセリフでおいしさを説明させたり、食べっぷりで表現する手もあります。vol44、45で出てきた例の「まったり」なんかがそれですね。ところがこれもネタがつきると、オーバーアクションだの背景の心理描写だのに逃げるようになります。審査員の後ろになぜか宇宙空間が現れたりする奴ですね。料理対決マンガで一度これに手を染めると、より強い敵が現れるたびに(ライバルインフレーションってやつです)エスカレートしなければならなくなり、どんどん滑稽になっていきます。『食戟のソーマ』の今後が心配でなりません。
とまあ、いろんな事情がありまして、料理対決マンガは実はなかなかに難しい。フランス料理や中国料理は「この調理法だとおいしくなる」という理屈が説明しやすいため、対決マンガに取り上げやすいのですが、読者が見たことも食べたこともない外国の料理は、せっかくおいしそうに描けていても共感を得にくいことでしょうしね。
その点で、最近多いのは日常系のものですね。料理そのものもさることながら、それを作る準備や食べる状況、人間関係に光を当てる。出てくる料理はみんなが知っているものなので説明はそんなにいらないし、登場人物に無理やりうまいうまいと言わせなくてもよい。荒唐無稽ではないので、読んでてこっちも食傷しません。
こちらの分野も知らない作品が一杯ある……。新刊は新古書店ではなかなか見つからないので、とりあえず『ごはんしよ!』と『幸腹グラフティ』をジャケット買いしてみましたが、どちらも料理を粗末に扱っておらずひと安心。たとえ予定調和であったとしても、料理で幸せになる話ってのはいいもんです。後者は食事シーンになるとちょっと線画風でリアルな絵になります。料理はある程度書き込まないとおいしそうに見えませんから、これは正しい戦略ですね。『花のズボラめし』も料理の作り方はズボラであっても、料理自体はしっかりと描けており、執拗に細かく描き込まれた背景となじんでいます。洗練された線ではない女性誌らしからぬ画風は、好き嫌いが分かれるとは思いますが、とってつけた感がありません。日常感あふれる日常系料理マンガ。人気の秘密はこのあたりにもあるのかもしれません。
さて、どうする。不慣れな少女マンガ系も探してみるか? 料理マンガ道は登り始めたばかりで、はてしなく遠いです。
投稿者 webmaster : 2013年05月21日 13:20