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2013年07月03日
『モンサンクレール軽やかさの秘密』
『モンサンクレール軽やかさの秘密』
著者:辻口博啓
発行年月:2013年6月29日
判型:B5 頁数:168頁
「そうなんです、わたし、あまり甘いものをふだんは食べないんです」
営業のS谷が言う。
先日、自由が丘モンサンクレールにこっそり食べに行ってきたらしい。
「でも、3つ食べても全然! 苦しくなくて。
あれ、もう1個ぐらい食べようかなと思ってしまって!」
やや興奮した口調で、目を見開いて、続ける。
「あぁ、これが “辻口マジック” なのかと」
自由が丘モンサンクレールの菓子は、後味が軽い。
甘いのだが、食べるとどこへいってしまったのかと思うぐらいに、すっと消えていく。軽やかさは、辻口シェフがこだわっている点だ。もうひとつ食べたい、もう一度食べたいと思わせるために、1ミリ単位、0.1グラム単位で菓子を設計している。だから、リピート客が多く、店内のサロンは2個、3個を一人で食べるお客さまでいっぱいだ。
辻口さんはテレビや雑誌に引っ張りだこの人気パティシエだ。
独特な金髪、軽妙なトーク、多数の著書も出しながら、実は、プロ向けの技術書をつくるのは、本書「軽やかさの秘密」が初めてのことだ。
15年も続く繁盛店モンサンクレールは彼の基幹店であり原点だけに、そのレシピを公開することには、なかなか勇気が要ったという。
「セラヴィ…も出すのですか」
めずらしくためらう辻口シェフに担当編集者は、ただ頷く。
ホワイトチョコレートのアントルメ、セラヴィは辻口シェフの代表作品。しばらく無言ののち、辻口シェフは意を決して立ちあがった。
「わかりました。次回撮ってください」
撮影はいつも少人数だ。辻口シェフ、助手の横田さん、大山カメラマン、編集担当の4名。菓子づくりの工程は辻口さん本人の手でなければならないため、小さな作業からすべてシェフ自身が行なう。超多忙なスケジュールをぬって、1年以上の密着撮影が行なわれた。
その途中、テレビ取材が入って、本書の取材の様子が取材されるということがあった(「ソロモン流」)。後日、番組ディレクター氏が、別の時に辻口シェフに質問するシーンが放送された。
ディレクター氏「なぜプロ向けに秘密のレシピを公開してしまうのですか?企業秘密なのでは?」
辻口シェフ 「いままでのレシピは過去の自分。 それを超えないと未来の自分になれない」
というような(ディテールは違うかもしれない)やりとりがあり、編集担当は思わず「あっ」と言った。秘蔵レシピを本に公開するということに、いつの間にかシェフはご自身の答えを見つけていた。自分がつくり出した菓子を世に出し、残すことで、いつかそれが世界の定番になる可能性が生まれる。オペラもシブーストも、そうして現代に残った。いつの世にかセラヴィが、世界に羽ばたく日も、そんなに遠くないのかもしれない。
投稿者 webmaster : 2013年07月03日 16:45