岡山市内の旅館の三代目として育った著者は、20代の半ば、留学先のニューヨークで触れたクラブ文化に大きな衝撃を受ける。
一方、家業である旅館の業績は、瀬戸大橋ブームを当て込んだ先行投資が裏目に出て年々、悪化の一途をたどっていた。
父親からのSOSで急きょ、岡山にもどった著者が目の当たりにしたのは、高齢化する社員と年商の3倍にもおよぶ負債であった。いろいろ手を尽くしてみたものの赤字は累積する一方、金策に走り回る悪戦苦闘の日々が続く。そんな折、女性社員の一人から「ウェディングを売ってみたい」という申し出があった。
婚礼の激戦区・岡山市内で新たにブライダル分野へ挑戦するのは無謀だろう。……が、著者は決断する。
本書は、
(1)ニューヨーク生活
(2)苦悩、そして“岡山の奇蹟”の始まり
(3)ウェディング事業への転換
(4)ステップアップへ共闘する人たち
(5)パーティの極意
(6)アニバーサリー・パーティビジネスへの出発という6章立ての構成。
危機に瀕した旅館業者がウェディングビジネスに業種・業態を変え、その中でサービス業の本質を探ったことに転換の妙があり、そのノウハウが骨子である。
このウェディングビジネスの高稼働、業績推移は“岡山の奇蹟”とまで言われたのだ。噂を聞き、過当競争で低迷する全国のブライダル企業が訪れるようになり、やがて同社はプランニング、コンサルティング業務に着手するようになる。その軌跡も読みどころのひとつだ。
掲載のモノクロ写真ではディテールまで掌握できないが、それでも本書で紹介するブライダル企業『ザ マグリット』が展開するウエディン様式の、その雰囲気だけでもご理解いただけるはずだ。
ニューヨークのクラブ文化を日本風に翻案・融和させて取り込み、ニューヨーク在住の海外ブレーンに指導を仰いだ挙式・披露宴のあり方は、強烈なインパクトを国内のブライダル業界に与えた。
従来になかったこのフュージョンスタイルは、たとえば、黒留袖が映えないため禁忌とされた黒を基調とする内装、ほの明るい程度に調光した蛍の照明、招待客同士の席を詰めてにぎわい感を演出するなど、これまで披露宴の常識とされたものをことごとく打ち砕いたのだ。
- [担当編集者より]
- 設備産業的な側面から言えば、旅館業からウェディングビジネスへの転換はよくある話。が、根本にあるのはサービス業の実態であり、婚礼ビジネスは『高額の“ワリカン”で成り立つ商売』と本質を突く。だからこそ、招待された参会者に向けて発信するという視点が生まれる。常識に捉われない――ここが大事なポイント。
本書は、単なる起死回生の物語、再生ストーリーではない。著者はいまなお、チャレンジの真っ只中にいる。
ウェディングに限定せず、アニバーサリーという形で新しいパーティビジネスの提案をしていることにも、それは顕著だろう。そして、サービス業全般に言えることだが、商売の要諦は“嘘を売らない”ことと明快なのだ。
◎羽原俊秀(はばら・としひで)
1962年岡山市生まれ。東京国際大学商学部商学科卒業。
1986年渡米、ニューヨーク大学Management Institute Food and Beverage Management受講。
有限会社マグリット代表取締役社長/株式会社グレート・プランニング代表取締役会長 全国18社のウェディング事業の再生に携わる。
2007年金沢市に直営店「ディノスティーノ」をオープンし、新たな展開に向けて奔走中。
現在、社団法人日本ブライダル事業振興協会 常任理事 調査研究委員委員長/日本パーティープランナー協会 特別顧問。
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