著者は、大阪・法善寺横丁の名店『浪速割烹 川』の二代目店主で、創業者の上野修三氏の長男です。父親譲りの和の伝統、若い頃の修業先・志摩観光ホテルのフレンチのエスプリ(この時、師事したのが高橋忠之シェフ/当時)。ふたつながらに織り込まれつつ、独自の料理世界をつくっているのが、著者の強みでしょう。
割烹料理とは、即興の調理技術でもあります。あらかじめ決めておいた献立も、お客の要望でがらりと変更することも。その時、その瞬間、お客の望んでいることをいち早く察知し、それに応えなければならないジャンルだから、変幻自在、懐の広さが求められます。
オーソドックスな組み立てと斬新な創意は、著者が「自分の仕事に対するプロ意識は、高橋シェフと父・修三、ふたりの師匠の姿勢が、基本になっている」と語る通り、特異のフュージョン世界を垣間見せてくれます。とはいえ、大枠で見るなら紛れもない和の料理であり、ここはやはり四季の食材・素材を自在に扱う“上野修ワールド”の色彩を感じさせます。
日本酒やビールにぴったりの酒媒、麦媒をはじめ先附、和合え、酢肴……。煮たり焼いたりの割烹、旬鮮・旬膳の鮮度を生かした割鮮、そして揚物、飯物、甘味まで、基本は“おまかせ”のカウンター割烹を腑分けしました。それぞれが独立しつつ、合わせ技も可能なところに、割烹ならではの愉しみ方があるのです。
お品書きには、当て字や造語、慣用句が散りばめられているのも老舗店ならではのものですが、それらに関しては、モノクロ頁でルビを打ち、分かりやすくしました。
料理をつくる上で著者の方法論が、何気ないコツとして織り込まれているが、それを検証することで、新しい発想・創意が引き出されるはず。まずは図典的に全体像を愉しんでください。
こうした斬新性は、志摩観光ホテルで育んだものを初代が飲み込んでくれたことに拠ります。一子相伝でありながら、属人性の強い料理というものを次代へつなげる、ひとつの方法論なのです。
また、「一滴の醤油、耳かき半分の塩分で味はがらりと変わる」(著者)のだから、提示した味は、あくまで浪速割烹 川のものという辺り、やはり料理人の世界はサスペンスフルです。
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