1986年、青山に「ラ・ブランシュ」をオープンして以来、“田代料理”とも呼ばれるオリジナリティあふれる料理を作り続け、数多くの常連客に愛され続けている田代和久シェフ。みずからの舌を信じて、日本の素材をフランス料理に積極的に取り入れるなど、その料理への真摯な姿勢は、若手・ベテラン問わず多くの料理人から一目置かれています。
本書では「イワシとジャガイモの重ね焼き」「こだわり野菜のサラダ」などスペシャリテ45品を、作り始めたきっかけや作り続ける間にどう変化してきたかというシェフの思いをまじえて紹介。ほかに、故郷・福島への思い、盟友ジル・トゥルナードル氏との一夜の料理セッション、長年料理人を続けることなど、熱き語りも収録。ベテランシェフの集大成ともいえる一冊です。
本書の前半では、オードヴル、魚、肉、デザートと「これぞラ・ブランシュ!」「ザ・田代料理」とも言うべき45品を紹介します。
「イワシとジャガイモの重ね焼き、トリュフ風味、イワシのポタージュ添え」「じっくり練り上げた豚のリエット」「カリフラワーのムース、トマトのジュレ添え」「ヤリイカのクールジェット詰め、トマトソース」「甘鯛のうろここんがり焼き、キュウリソース」「鴨のパイ包み、エキゾチックエピス風味」「川俣シャモの黒米詰めロースト」「バナナのパルフェ」……田代シェフが長年大事にし、磨き上げてきた料理を惜しげもなく披露します。すべてプロセス写真付き。なぜこの素材を組み合わせたのか、なぜトマトを20分も叩き続けるのか、カリフラワーの味を凝縮させる火の入れ方とは___ オリジナルの味を追求し続ける田代シェフの「味」の秘密を詳しく追いかけました。
また、後半では「料理人 田代和久」としての思いを存分に語ります。
「北島亭」の北島素幸シェフ、「コートドール」の斉須政雄シェフ、「タテルヨシノ」の吉野建シェフ、「ル・マンジュ・トゥー」の谷 昇シェフなど、同世代のシェフたちの中でも早い独立だった田代シェフ。まだ個人で店を持つ人が少ない時代に、自分のスタイルを模索し、素材をみきわめ、スペシャリテを作ってきたベテランならではのお話は貴重です。
「僕の場合、うまくいかずに失敗したり、何度もやり直して悔しい思いをしながら作ってきたもののほうが残っていく」
「自分は不器用で技術では劣るけれど、味覚だけは他の人よりいいかもしれない。僕はこのことをお守りのようにして頑張ってきた」
「『自分が失速したら申し訳ない』そう思わせてくれる同世代の料理人の存在には、本当に励まされる」
「喜んでもらいたくてギリギリまで考えるんだけど、なかなか決まらない時もある。このまま逃げたい。何度そう思ったことか」
率直な言葉には、田代シェフの人柄そのものが詰まっています。
その後、撮影や打ち合わせをするたびに、話は故郷・福島への思い(シェフは川俣町出身です)、悔しさ、もどかしさに及びました。「“イワシとジャガイモの重ね焼き”に使うイワシは、本当は常磐のものを使いたかった」「“桃のコンポート”は、絶対に福島の桃じゃなきゃ」。そんな思いも抱えながらの撮影でした(実際に福島の桃が出回るのを待って撮影しました)。本の中にはたびたび故郷の味、シェフが小さいころに食べたものの話が登場します。「ラ・ブランシュ」を支えるシェフの味覚がどこからきているのかも、読んでいただけたらと思います。
また、料理の撮影中は「え、こんなふうに作っていたんですか!」と驚きの連続。すごくシンプルで文章にすれば1行で終わってしまいそうなプロセスに、ものすごい重要なポイントが隠されている。その理由は科学的に説明できるかわからないけれど、食べるとたしかに旨い。というか、この作り方って前と全然違いませんか?……本の冒頭でシェフが書いていますが「調理場は、今日も熱い」。そんな、進化を続ける田代ワールドが伝わればと思います。