Bakery book vol.12
6/17
「ノアン」は、お客さまが求めるパンを幅広くそろえることをコンセプトとしていますが、なかでも食パンは、それ目当てに来店されるお客さまが多く、一定のニーズがあります。また、近ごろは食パン専門店、高級食パンも続々と登場していて、食パンが注目されています。その流れのなかで、糸島の魅力をもっと多くの方に知ってほしいと考えた企画が、「糸島食パンプロジェクト」でした。ですから、商品のコンセプトは最初から「ギフト向け」の「ハレのパン」。誰かにプレゼントしたくなる非日常の食パンです。また、販売機会を増やすことも最初から狙っていました。多くの販路で「糸島」の地名と店名を出せれば、売れなくても宣伝効果がありますから。 たんに糸島の素材を使うことだけが目的ならどんなパンでもいいかもしれませんが、こうした「売り方」まで考えれば、やはり万人に好かれる食パンが最適です。さまざまな分野の生産者さんと協業できたのも、使う素材の数が多いパン生地でこそ。「ITOSHIMA」は食パンだからこそ成功したと思います。 ただ、レシピはすぐには完成しませんでした。たとえば「ハネ木搾り」で有名な白糸酒造さんの酒粕は、機械搾りでないぶん栄養価が高く、香り豊かでおいしい。ということは、酒粕の中にさまざまな菌や酵母が働いているわけで、その働きが最初は予想しきれなかったのです。酒粕内の酵素がグルテンを分解してしまい、焼き上がり直後は形になっていても、口にしたらペシャンとつぶれてしまったり……(笑)。 しかし、そのやっかいな酵素も、ほどよく働けば口溶けのよさにつながります。うまくバランスをとり、しっとりと食べやすい生地にするためにいき着いたのが、ある程度多めにイーストを加えて短時間で発酵させ、酵素が働きすぎる前に焼成してしまう現在の製法。これくらいやわらかく焼き上げると、どうしてもケービングするのですが、そこは食感と見た目のどちらをとるか。このパンは、口溶けのよさを優先しています。 このプロジェクトでは、こうして酒粕という素材に対する理解を深めることができました。パン職人として、大きな収穫だったと思います。次の挑戦は、年末にオープン予定の新店です。もともと次々に新しいことに手を出したい性格なんですが(笑)、新商品開発や新店の出店は僕にとっては最良の勉強法でもあります。未知の領域に踏み込むからこそ、成長できると思っています。「ギフト向け」「ハレのパン」としての食パンづくりで新たなニーズを獲得未知への挑戦がパン職人としての成長に16上/「ITOSHIMA」は約80本分を一度に仕込み、3〜4回に分けて焼き上げる。カウンター後ろに専用陳列コーナーを設けている。右/かならず、この紙袋入りで販売。開発の際はパッケージも含めて商品を設計した。JR筑肥線筑前前原駅から徒歩7〜8分の住宅街に立地する一軒家店舗。知名度アップにともない、週末には遠方から訪れるお客も着々と増えている。パン・ド・ロデヴなどのハード系から、そうざいパン、菓子パンまで、幅広い品ぞろえは開業時から。土日は日商60万円を売り上げることも。「ITOSHIMA」の発売後もほかのパンの売れ行きは落ちず、売上げは純増している。福岡県糸島市篠原西1-9-10☎092-322-6606営業時間/9時〜18時定休日/火曜(そのほか不定休あり)https://www.facebook.com/noan.pain/オーナーシェフ田村秀亮さん1977年佐賀県生まれ。㈱リョーユーパンに約20年勤務し、2016年1月に独立開業。18年には、店から7kmの隣駅に販売のみのサテライト店舗を開業。19年末には3号店を福岡市内に開業予定。糸島の魅力を多くの方に。食パンだからできたことですブランジュリ ノアンBoulangerie NOAN
元のページ
../index.html#6